スタートシグナルが消えれば、ライダーは自分が頼りだ。だがハンドルバーにはボタンがあって、ライダーは3種の異なるトルク伝達マップから選ぶことができる。ライダーは1戦の間に3回から4回だけマップを変更する時がある。またある時には、普段より頻繁にマップを変更する。コースの曲がりくねった場所を走り抜ける際には、おそらくソフトウェアで燃料をそれほど食わないマップに切り替えるだろう。そしてより速いセクターに差し掛かる際には、より強力でパワフルなマップに戻す。そこでは最大の加速とトップスピードが必要だからだ。
HRC(ホンダ・レーシング)の技術者たちによる重要な助言にしたがって、マルケスはトルクマップボタンをレースの間ずっと使いこなした。
完全に限界の力で走行し、コーナー進入時にはフロントタイヤがロックするまでブレーキをかけ、60度を超えるバンク角でコーナーを通過し、コーナー立ち上がりではリヤタイヤを横向きにきしませながら加速するなかで、このような操作を行なっているという現実を考えてみてほしい。
だから、ライダーがテレビカメラの前で、スタートからフィニッシュまで全開でいくつもりだと話している時、彼らは必ずしも真実を語っていないことが分かるだろう。
日曜日にマルケスはできる限り全開で走行し、レースフィニッシュ後のスローダウンラップ半ばで燃料不足に陥った。つまりマルケスがフィニッシュラインを通過した時、おそらく燃料タンクには半リットルの燃料しかなかった。マグカップのコーヒー1杯分の燃料だ。ハフィス・シャーリン(レッドブルKTMテック3)は親切にも、マルケスがピットレーンに戻れるようにマシンを後ろから押してやった。
まず、マルケスのぎりぎりのフィニッシュは、彼がもう少しで赤面する様な敗北を喫するところだったことと、HRCのデータ分析者たちは完璧な仕事をしたことを示している。このレースに向けた適切な仕事であり、またホンダはこのレースで25回目のMotoGPコンストラクターズタイトルを獲得した。
完璧なエンジンは、フィニッシュラインを超えたまさにその瞬間に木っ端みじんに吹き飛んでしまうという、レース界の古い格言がある。(エンジンの耐久性が必須のこの時代にはもはやそぐわないが)
そしてレースというものは常にそのようなものだ。ファクトリーのレースショップからピットレーンのガレージ、そしてコースまで、どこでも際どいところを走行するのだ。