スズキで開発ライダーを務め、日本最大の二輪レースイベント、鈴鹿8時間耐久ロードレースにも参戦する青木宣篤が、世界最高峰のロードレースであるMotoGPをわかりやすくお届け。第25回は、第18戦マレーシアGPで感じたマルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)のコース上での性格の悪さや、“マルケススペシャル”言われている2019年型ホンダRC213Vを分析する。
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世界タイトルを8度も獲っているレプソル・ホンダ・チームのマルク・マルケスに対してこんな暴言を吐いていいのだろうか……。でも、言ってしまおう。チャンピオンを決めた後、第18戦マレーシアGP予選で露わになったのは、マルケスの性格の悪さだった。……言ってしまった(笑)。
ここのところ、1発の速さではどうしてもファビオ・クアルタラロ(ペトロナス・ヤマハSRT)に敵わずにいたマルケス。マレーシアでの予選ではクアルタラロにイヤというほどつきまとい、しまいには転倒するというオチまでつけた。
あんなにしつこくつきまとうか~? 性格、悪! でも、ですよ? 「こうでなくちゃ世界チャンピオンにはなれないよな」とも思うワケです。要するにマルケスは、めちゃくちゃに負けず嫌いで意地っ張りなのだ。
さんざん「性格が悪い」と書いてしまったが、実際の性格が悪いわけじゃない。普段のマルケスはめちゃくちゃいいヤツだ。でも、コースに出れば話はまったく別。勝つことに対する欲望があまりにも強く、もはや性格が悪いようにしか見えないわけだが、それも世界チャンピオンになるために重要な素質だ。だから歴代のチャンピオンは軒並み性格が……おっと、ここまでにしておきましょう。
2019年シーズンのホンダRC213Vは、決して最強マシンではなかった。マルケスがチャンピオンを獲得したものの、他のホンダライダーが揃いも揃って苦戦したことが、扱いやすいマシンではなかったことの証だ。
2018年までは、マルケスのチームメイトだったダニ・ペドロサの頑張りがあって、RC213Vの開発の方向性に今以上の幅があったように思う。でも2019年はホルヘ・ロレンソが不調の波に沈み、結果的にマシンもかなりの「マルケス・スペシャル」になってしまった。
■2019年型RC213Vが“マルケススペシャル”の理由
マルケス・スペシャルは、彼のスーパーハードブレーキングに耐えられるよう、首まわり(ヘッドパイプまわり)がものすごく硬い仕様になっている。スーパーハードブレーキングが可能なら高いパフォーマンスを発揮するのだが、通常のハードブレーキング程度ではフロントの接地感が十分に得られない。
ロレンソのように、ブレーキングもコーナリングも繊細にこなすタイプのライダーの操作には、ほとんど反応していないんじゃないかな。少なくともロレンソが望むだけの接地感は得られていない。ロレンソの苦境も致し方なし、だ。
ホンダのファクトリーチームであるからして、最高峰の技術を駆使し、フレームに関しても超高度な剛性解析が行われているだろう。その結果、試験機やCAD上では最適な剛性値を発揮しているはずだ。
だがその目標値は、マルケスのスーパーハードブレーキングを想定して設定されている。スーパーハードブレーキングでなければ、最適剛性値に至る手前の部分を使いこなさなければならない。これが、マルケス・スペシャルを他のライダーが乗りこなす難しさになっているのだ。
しかも、フレーム作りは本当に難しい。ブレーキング時のフィーリングだけに話を絞っても、オソロシイことになる。というのは、ブレーキングは直線状態で行うばかりではなく、むしろコーナーに差しかかりマシンを寝かせながらのブレーキングの方が多く、さまざまな要素がめちゃくちゃ複雑に絡み合うのだ。
コーナーの曲率とバンク角と車速には膨大なパターンがある。通過するラインも毎ラップ微妙に異なる。しかもサーキットによって路面も違えば、タイヤも気候も違い、レースウイーク中にも目まぐるしくコンディションが変化する。もちろん走行セッション中も……。
書いているだけでも目が回りそうになるが、とてもではないがパラメーターが多すぎて机上で解析しきれるものじゃない。しかもMotoGPともなれば、「ほんのちょっとした違い」にすぐ気付き、ヒジョーに気にしてしまうハイパー敏感センサーを備えたライダーばかりだから、余計に話はややこしい。そのライダー自身が日によって調子が変わったりするんだから、もう、もう!
2019年、RC213Vはヘッドパイプまわりに穴を開けた。エンジンの吸気効率を上げてパワーアップするのが狙いで、当然、フィーリングに悪影響を及ぼさないように配慮しただろう。でも、例え計算上は穴開け前と同じ剛性値が得られたとしても、確実に、そして相当にフィーリングは変わったに違いない。それを難なく乗りこなしてしまったのだから、マルケスは鈍感力も相当にスゴイ(笑)。