2019年シーズンのMotoGP最終戦、バレンシアGPでひとりのチャンピオンが最後のレースを終えた。レプソル・ホンダ・チームのホルヘ・ロレンソ。これまでに最高峰クラスで3度、ロードレース世界選手権では通算5度のチャンピオンを獲得したライダーの引退の報はバレンシアGPに突然舞い降り、そして疾風のごとく去っていった。
MotoGP第19戦バレンシアGPの金曜日セッションを翌日に控えた11月14日(木)、ロレンソはこのバレンシアGPをもって現役を引退することを発表。突然の引退発表は、大きくリカルド・トルモ・サーキットを揺るがした。確かに2019年のロレンソは、オランダGPのクラッシュで胸椎骨折を負い、さらに優勝や表彰台どころか、トップ10圏内でのフィニッシュがゼロという芳しくないシーズンを送ってはいた。しかし、ホンダが11月上旬にEICMA2019で行った2020年シーズンの体制発表のなかには、ロレンソの名がしっかりと明記されていたのである。
ロレンソが最終的な決断を下したのはマレーシアGP後のことだったというが、引き金となったのは2019年シーズン中に喫した2度の大きな転倒だった。カタルーニャでのテスト、そしてオランダGPのフリー走行で転倒したことで、モチベーションが失われた、と引退会見のなかで語った。ロレンソは自身の眼前に立ちはだかった障壁を『丘』に例えてこう話している。
「その丘は僕にとってとても高かった。その山を乗り越え続けるモチベーションを、見つけることができなかったんだ」
最後のレースウイークを迎えたロレンソは、予選で16番グリッドを獲得。レースでは終始後方での走行となったが、クラッシュが多発するなかで堅実な走りを見せ、13位で最後のチェッカーを受けた。
「昨日、グリッドでどんな気持ちになるのかを想像していたんだ。そんなにプレッシャーは感じないだろうと思っていた。でも、実際には違った。プレッシャーがあったよ」と、ロレンソはレース後、現役レーシングライダーとして挑む最後のレース前の心境を吐露した。
「スタート、そして1ラップ目で転倒したりしたくなかった。なにしろ、今日はすべてのカテゴリーで、クラッシュやアクシデントが相次いでいたからね」
グリッド上での胸中についてさらに尋ねると、ロレンソは「いつもはそうではないんだけど、(今回は)できるだけ(グリッド上で)インタビューに答えたかったよ。最後のレースを僕がどう感じて迎えているのかをわかってほしかったから」とも答えた。
「全力でレースを完走したよ。この忘れられない日を、すべてのファンの前で楽しんでバイクとともにフィニッシュできた。そして、(レプソル・ホンダ・チームがチームタイトルを獲得して)3冠を達成できたんだ」
レースを終えたロレンソは、クールダウンラップを終えてピットに戻った。ピットレーンでは、2018年シーズンまで所属していたドゥカティのルイジ・ダリーニャがロレンソを待っていた。抱き合うふたり。さらに多くの関係者が拍手でもってロレンソを迎えた。
ロレンソは、それに応えるように自身のピット前にマシンを止めてバーンナウト。そしてロレンソは、最後のレースを戦ったホンダRC213Vを降りた。
レース後、インタビューのなかでロレンソは、どこかさっぱりした表情を浮かべてこう語っている。「僕は今、完全に自由だと感じている」。