「気温が朝の10℃から昼は50℃と寒暖差が大きく、エンジンの燃調セッティングが想定とは違いました。回転数も研究所のベンチテストで1万0000rpmまで回っていましたが、現地では最初5000rpmくらいしか吹けませんでした。路面は塩を固めたものなのでトラクションが全然かからないし、前のクルマが走ったあとに轍(わだち)ができるので、毎回、路面状況が異なります。次に走る路面のコンディションが全然、想定できないので、集めたデータを見て、勘で『えいや』とセッティング決めなければいけない状況でした(苦笑)」
これぞ、まさにボンネビルの洗礼だった。『前が見えない』。『エンジンが吹けない』。『遅い』。このテストから本番までに残された時間は2週間。S-Dreamのチームは、大きなピンチを迎えることになった。
「まずは車体のカウルを作り替えることにしました。アメリカは航空機文化が盛んで、趣味でエアレースをしている人も多いんです。そこで、アメリカの航空機用のキャノピーを作って売っているメーカーを見つけてもらって、ロサンゼルスからクルマで3〜4時間のところにあったそのメーカーに行ってキャノピーを買って、クルマに積んでHPDに運びました。その中で栃木の研究所に電話して、急きょ、CFRPのスペシャリストふたりに来てもらうよう連絡しました」
そして3日後、日本からふたりのエンジニアが応援に駆けつけた。呼ぶ方も呼ぶ方なら、行く方も行く方。そして、それを認める上司も上司だ。普通の会社員なら、連絡が来た3日後にアメリカの現地に出張で着くことは考えづらいが、そこはさすがホンダというべきか。そこから空力形状を5種類考え、CdA値としては5パーセントダウン、理論上で6km/hの損失で収まる形状で最終決定し、切った貼ったで外板が完成した。
「もう見た目で作業するしかなかったので、実際に完成したカウルはよく見ると左右非対称です(笑)。子供の夏休みの工作レベルの環境でしたが1週間でカウルを完成させました」と当時を振り返る蔦エンジニア。
エンジンの出力についても、現場で対策を講じた。
「ボンネビルで聞いたのですが20年、30年参戦しているエンジニアでも、ベンチテストでどんなにセットアップしてきても、現地では20パーセントは出力がダウンすると言っていました。そのくらいボンネビルはエンジンセッティングが難しい、特殊な場所だったんです」