ただし、そこでこのプロジェクトは若手育成の目的から、世界記録を出すということが目的に変わることになった。「世界記録を出して、ホンダの技術力をPRするというのは、もうF1に参戦するのと同じ目的になったわけです」と、蔦エンジニアも当時のプレッシャーの大きさを振り返る。
そして9月、夏休みを終えたスタッフたちが再びボンネビルに揃った。8月のデータの解析も終えており、準備は万全。課題であった変化する路面には、走行車両が少ない朝イチのタイミングを狙うことにした。轍ができていない、なるべくフラットな路面でアタックを行った。
最終的にレース3日目に421.595km/hをマークして世界記録を樹立するとともに、ホンダ四輪車としての最高速をFIAの公認イベントに残すことができた。
S-Dreamのプロジェクトを終えて約3か月、開発責任者の蔦エンジニアが振り返る。
「もう一度あのプロジェクトをやりたいかと言えば、時間が経てばやりたいと思うかもしれないけど、今はやりたくありません。それくらいしんどいプロジェクトでした。F1もスーパーGTも、レースは勝ったときだけがうれしくて、それ以外はしんどい時間がほとんどだと思うんです。それでもまたレースがしたいと思えるようになります。今回のプロジェクトで世界記録を出せたことはうれしいですし、大きな反響も頂きました。だけど、一番うれしいのは、『久々にホンダらしさを見た』とか、『ホンダにもまだまだこういうものが残っていた』という声を聞けたことです」。蔦エンジニアは続ける。
「もともと私に、ものすごく愛社精神があったかというと、そうではないし、根っからのホンダ信者なわけでもありません。それでもレースとホンダが好きで入社しましたが、社内外のみなさんと一緒でレースも量産車も『最近のホンダって元気がないな』と感じていました。でも、今回のプロジェクトに参加してホンダ社内でいろいろな方の協力を受けて、世界記録を出した時よりも、帰国して『ホンダらしい』という声を聞いた時が一番うれしかった。こういうことをやらせてくれるホンダって、いい会社だなって。自由にやらせてくれる環境だとか、懐の深さをすごく感じました」
『火事場のくそ力』、『コンチキショーの精神』などなど、モータースポーツファンが期待しているホンダ・スピリッツ。最近、めっきり言葉にすることが少なくなったが、ボンネビルのプロジェクトだけでなく、そのスピリッツを世界最高峰のF1でも、国内最高峰のスーパーGT、スーパーフォーミュラでも体感したいのは、ホンダファンだけでなく、日本のモータースポーツファンの夢でもある。
ホンダのこの16人だけでなく、2017年は日本のモータースポーツとしても、大きなチャレンジの年となることを願うばかりだ。