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ル・マン/WEC ニュース

投稿日: 2018.06.11 00:00
更新日: 2018.06.08 13:56

『耐久のポルシェ』の由来。ポルシェとル・マンの深くて長い友情関係【ル・マン24時間連載企画】

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ル・マン/WEC | 『耐久のポルシェ』の由来。ポルシェとル・マンの深くて長い友情関係【ル・マン24時間連載企画】

 今年から来年にかけて、2回のル・マン24時間を含む『スーパーシーズン』を迎えているWEC(FIA世界耐久選手権)。いよいよ6月16日にレーススタートを迎えるが、LMPクラスとともに注目したいのが、自動車メーカーが多数参加しているGTEクラス。その中でも現在ラインキングトップのポルシェはル・マン24時間との関係は深く、ポルシェのフィロソフィーにも共通する耐久での強さを具現化している。

   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

 ポルシェがル・マン24時間に初出場したのは、ヨーロッパから戦火が消えてまだ6年しか経っていない1951年のこと。この3年前に設立されたばかりのポルシェは、ツッフェンハウゼンで組み上げられた4台の356SLをサルテ・サーキットに持ち込んだが、軽量なアルミボディに搭載された水平対向4気筒エンジンの排気量はたったの1086ccに過ぎなかった。

 しかも、出走にこぎ着けたのは4台中、わずかに1台。ところが、唯一決勝に臨んだNo.46の356SLは24時間で2,840.65kmを順調に走破し、1100ccクラスの栄冠を勝ち取ってしまう。これこそ、現在に至るまでル・マンで語り継がれるポルシェ伝説の始まりだった。

 もっとも、ポルシェのル・マン初挑戦は順風満帆のうちに始まったわけではない。第二次世界大戦中の感情的なしこりが色濃く残る当時のフランスには、ドイツの自動車メーカーを迎え入れることに強い抵抗があったという。しかし、熱心なフランス人支援者たちの助けを得てポルシェの参戦が実現。当初は頑なな姿勢を見せていたル・マン市周辺の住民も次第に彼らを応援するようになったという。

 つまり、ポルシェがル・マンに挑み続けるのは、フランスとドイツが深い友情で結ばれていることの証でもあるのだ。

 ポルシェのル・マン参戦で特筆すべきことがもうひとつある。それは、市販車と密接な関係を持つ高効率テクノロジーでレースに挑み、数々の栄冠を勝ち取ってきたことにある。

 ル・マン24時間はスピードの戦いであると同時に効率への挑戦でもある。燃費がよければピットストップの回数を少なくしてロスタイムを減らし、24時間のレース中により長い距離を走破できる。

1953年、ポルシェ550でル・マン24時間3年目に参戦。

 また、効率の高いエアロダイナミクスは最高速度を伸ばし、ラップタイムの短縮を促す。そして効率的な軽量ボディは高いコーナリングスピードを実現するとともに、メカニズムへの機械的負荷を減らして信頼性の改善に役立つ。こうした設計思想は、1951年のル・マン初挑戦当時からポルシェのロードカーとレーシングカーに連綿と受け継がれてきたものだ。

 ポルシェのレーシングカーとロードカーの密接な関係を示すもうひとつの特色が、そのエンジンである。最新のポルシェ911と形式的に同じ水平対向エンジンが1951年のル・マンに挑戦した356SLにも採用されていたことは前述のとおり。また、ポルシェがル・マン史上最多の通算19勝を挙げていることはあまりにも有名だが、919ハイブリッドで得た直近の3勝を除けば、残る16勝はすべて水平対向エンジンで勝ち取ったものである。

ポルシェ917Kで1970年に初めてル・マン24時間で総合優勝を達成。

 さらに、ポルシェは比較的小排気量のエンジンでル・マンに挑み続けてきたスポーツカーメーカーでもある。通算19勝のうち、排気量3.0リッターを上回るエンジンで勝利したのはわずかに4勝のみ。残る15勝は、ライバルたちに比べればはるかに小さな3.0リッター以下のエンジンで手に入れたものだ。


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