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コラム ニュース

投稿日: 2020.06.08 17:03
更新日: 2020.06.16 17:59

2008年セブリング12時間、LMP2ポルシェの下克上にスポーツカーレースの“真の黄金時代”を見た【日本のレース通サム・コリンズの忘れられない1戦】

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コラム | 2008年セブリング12時間、LMP2ポルシェの下克上にスポーツカーレースの“真の黄金時代”を見た【日本のレース通サム・コリンズの忘れられない1戦】

 迎えた決勝日、セブリングはいつものように晴天に恵まれたが、レースの行方は予想のつかないままだった。スタート直後、プジョー908 HDi FAPは首位を奪い、これにR10 TDIのアウディ勢とアキュラ、ポルシェのLMP2勢が続いた。

 レース序盤でアウディの1台が軽いダメージを負い、LMP2マシンの後方に順位を落とした。一方でペンスキーが走らせるポルシェの1台はオイル漏れでリタイアした。レーススタートから3時間が経ったところで、プジョーにトランスミッションの油圧システムトラブルがあり、修理のために多くの時間をロスした。

2008年のセブリング12時間を戦ったプジョー908 HDi FAP
2008年のセブリング12時間を戦ったプジョー908 HDi FAP

 この様子を私は解説ブースから見ていた。当時はテキーラの会社があるチームのスポンサーになっており、パドックには広いカクテルバーがあった。そして、そのバーで働く女性たちが、私たちのために氷入りのカクテルをジョッキで解説ブースに運んできてくれた。アルコール度数の高いカクテルだったが、決勝日は暑さが厳しい1日で、とても爽快な気分になったのを覚えている。

プジョー908 HDi FAPは速さはあったものの、信頼性の低さが仇に
プジョー908 HDi FAPは速さはあったものの、信頼性の低さが仇に

 レースに話を戻そう。この時点でプジョーが非常に速いのは明らかだったが、信頼性は十分とは言えなかった。彼らに起きたトラブルは、レースで優勝するチャンスがなくなったことを示していた。

 ピットで多くの時間を過ごしたことで、彼らにとって今回のセブリング12時間は事実上のテストになってしまったのだ。またアウディも、ライバルに対して劣勢なのは明らかだった。

2008年セブリング12時間を制したペンスキーレーシングのポルシェRSスパイダー
2008年セブリング12時間を制したペンスキーレーシングのポルシェRSスパイダー

 レース開始から6時間から時間が経ったころ、アウディの1台、2号車アウディR10 TDIにターボチャージャートラブルが出てしまい、修理に多くの時間を費やしたことで、優勝争いから脱落することになった。この間にピットタイミングの関係で、LMP2を戦うペンスキー・ポルシェが暫定トップに浮上する。

 その数時間後、もう1台のアウディ、1号車がフロントブレーキにトラブルを抱えてしまった。これで数周を犠牲にし、優勝するチャンスを逃したものと思われた。そして、このトラブルと時を同じくして、私が心を奪われたフォードGT-R Mk.VIIがクラッシュし、リタイアを余儀なくされた。

 セブリングに夜の帳が下りるころ、一度は勝負権を失ったと思われた1号車アウディが首位を走るペンスキーの7号車ポルシェRSスパイダーを捉えかけた。ラップペースで計算すると、アウディはわずか10秒差で逆転優勝するはずだった。

ペンスキーレーシングの7号車ポルシェRSスパイダーを走らせたティモ・ベルンハルト/ロマン・デュマ/エマニュエル・コラール
ペンスキーレーシングの7号車ポルシェRSスパイダーを走らせたティモ・ベルンハルト/ロマン・デュマ/エマニュエル・コラール

 レース終盤の激闘が期待される展開だったが、アウディはスピードではるかに勝るマシンを持っていたにもかかわらず、ピットストップのサイクルが噛み合わなかったため、ポルシェが20年ぶりにセブリング12時間で総合優勝を奪った。しかも、これほど競争の激しいレースでトップを走るように作られていないLMP2マシンでだ。

 チェッカー後、私は暗闇のなかにある優勝車をプレスルームから見下ろした。そのマシンは素晴らしく見えた。12時間を戦い抜いたことで汚れていたし、傷も負っていたが、人々の予想を裏切る結果を出したのだ。このとき、今がスポーツカーレースにおける真の黄金時代なのだと気付かされた。

 2位に同じくLMP2クラスの15号車アキュラARX-01Bが入っていたことも、私の思いを強くする要素だったのだが、その後のニュースには落胆させられた。レース後、15号車アキュラのリストリクターを迂回するエアボックスにヒビが見つかり、失格処分を受けたのだ。

 サーキットからホテルへ向かう単調で退屈な55マイル(約89キロ)の道のりも、最終日に限ってはいつもとは違った。私はもちろん、行動をともにしていた3人のカメラマンも含めた全員が話をしたくてたまらなかったのだ。

 ホテルに着いたのは1時近くで、当然バーは閉まっていた。そこで私たちはホテルのプールへ行き、取材初日にウォルマートで仕入れておいたビールを飲みながらレースの話題で盛り上がった。

 すると、警官が我々のもとを訪れ、夜中に屋外での飲酒を禁じている法律に違反していると警告してきたのだが、一緒に酒を飲んでいたオランダ人カメラマンのひとり(その時点で少しアルコールが回っていた)が立ち上がり、強い訛りのある英語でこう言い返したのを覚えている。

「それはおかしいよ。僕たちはヨーロッパ人だからいいんだよ!」

 驚いたことに、警官はこの酔っ払いの主張を受け入れたのか、そのまま立ち去ってしまった。あれ以来、なにか奇妙なことが起きて、その場にあのオランダ人カメラマンがいると、私たちは下手なモノマネをしながら、こう言うのだ。「僕たちはヨーロッパ人だからいいんだよ!」と。

 2008年セブリング12時間で行動をともにしていた私たち4人にとって、これは当時を象徴するキャッチフレーズであり、あのレースがコース内外の両方で素晴らしいものだったことを思い出させる魔法の言葉でもある。

優勝したペンスキー・レーシングのポルシェRSスパイダーは動態保存され、2014年のグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードでも走行した。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 

サム・コリンズ(Sam Collins)
F1のほかWEC世界耐久選手権、GTカーレース、学生フォーミュラなど、幅広いジャンルをカバーするイギリス出身のモータースポーツジャーナリスト。スーパーGTや全日本スーパーフォーミュラ選手権の情報にも精通しており、英語圏向け放送の解説を務めることも。近年はジャーナリストを務めるかたわら、政界にも進出している。


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