1966年に2輪世界グランプリで史上初の5クラス完全制覇を果たし、1967年に世界グランプリから撤退したホンダは、10年の時を経て1977年に『世界グランプリ復帰宣言』を行う。
そして宣言から約1年半後の1979年8月、シーズンも終盤となったイギリスGPに現れたのは、楕円(長円)ピストンを持つ4ストロークエンジンのNR500。
2ストエンジン全盛の世界グランプリ最高峰500ccクラスに、4ストマシンで再挑戦するということは、ホンダの信念と熱い想いを賭けた戦いでもあった。
毎号1台の2輪レーシングマシンにフォーカスして掘り下げる『レーサーズ』の最新号Vol.54はホンダNR500を取り上げる。
ここでは、そのNRのなかでも一番革新的な技術(長円ピストン、エビ殻フレーム、同軸ピボット、倒立フォーク、16インチタイヤ、サイドラジエターetc.)を盛り込んだ初期モデルのNR1を、改めて撮り下ろした写真とともに解説しよう。
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■驚くほどコンパクトで、すさまじく複雑で、素晴らしく独創的
ツインリンクもてぎのなかにあるホンダコレクションホールに初代NR500(NR1)は開館当初から常設展示されている。この誌面に写真を掲載した車両がまさにそれであり、同車のデビュー戦であった79年イギリスGPの片山敬済車の仕様とされている。
この歴史的な車両を目の前にしたら、コンパクトさにまず驚かされるだろう。当時のNRプロジェクトのエンジニアたちは、ホイールベースの短さが高い旋回性能に寄与するという認識に立っていた。それゆえ彼らは、当時のGP500レーサーで他に例のなかった前後16インチのタイヤ/ホイールと、通常は前輪とエンジンの間に配置されるラジエターを車体の左右に追い出したサイドラジエターシステムを採用した。
おかげでNR1は、当時のYZR500やRGB500より40~60mmも短い1340mmというGP125レーサー並みの数値のホイールベースを実現している。また、前後16インチのタイヤ/ホイールは車高を低めることにもつながっており、NR1の横に立ってみればその低さを実感することができる。
非常にコンパクトな車両でありながら、詰め込まれた技術はどれもこれも複雑で、そして凡庸でない。エビ殻モノコックフレーム、それに包まれた8バルブ長円ピストンの4ストロークV4エンジン、カウンター軸と同軸上に配置されたスイングアームピボット、スプリングが外に出されアクスルがオフセットされた倒立フロントフォーク等々。透明なスクリーン部は5cm程度の高さのみとしたデザインのトップカウルもNR1ならではのものだ。
こんな独創的な技術の集合体が1年程度の短期間でイチから開発され、2万回転の雄叫びを上げてレーシングスピードで突っ走ったのだから、それだけでもすごい。だが、NR1開発の当事者であったエンジニアは言うのである、「やっぱりね、勝たなきゃダメなんですよ。レースなんですから」と。