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投稿日: 2020.05.13 12:27

鈴鹿8耐:ホンダの記録破りの歴史(1):1979年の第2回大会で表彰台を独占。耐久レースで圧倒的な強さを発揮したRS1000


MotoGP | 鈴鹿8耐:ホンダの記録破りの歴史(1):1979年の第2回大会で表彰台を独占。耐久レースで圧倒的な強さを発揮したRS1000

 ホンダは世界でも有名な鈴鹿8時間耐久ロードレースで、ほかのどのマニュファクチャラーよりも勝利を飾っている。世界有数のオートバイレースのひとつである鈴鹿8耐は、1978年に第1回目の大会が開かれた。そのころホンダは11年間におよぶグランプリレース休場期間の終わりに差し掛かっていた。レースは1962年にホンダ創業者の本田宗一郎が建設した、鈴鹿サーキット国際レーシングコースで行われた。今回のコラムでは、その時代ごとに活躍したホンダのマシンとライダーたちを紹介していく。

直列・並列4気筒エンジン TT-F1クラス時代:1978年~1983年

■1979年優勝者:トニー・ハットン/マイク・コール組(ホンダ・オーストラリア:RS1000)
 1979年前半、ホンダは最高品質のCB900Fを発売し、高性能スポーツバイクのマニュファクチャラーとしての同社の評判は強化された。CB900Fの901ccDOHCエンジンは、完璧な耐久性を持つパワーユニットであり、ホンダの新型RS1000耐久マシンは、鈴鹿8耐の表彰台を独占した。

 ファクトリーから支援を受ける海外の2チームが、CB900Fエンジンを搭載したRS1000で勝利を争った。ハットン/コール組はホンダ・オーストラリアから、ロン・ハスラム/アレックス・ジョージ組はホンダ・ブリテンから参戦した。彼らは両者とも同じ周回でフィニッシュし、そのうち3周でレースレコードを破った。

 3位表彰台にはブルーヘルメットMSCからCB900Fで参戦した角谷新二/浅海敏夫組が立った。

 ホンダのマシンはトップ8まで独占し、ホンダのRSC(レーシング・サービス・センター)の仕事ぶりを証明した。同センターは耐久およびTT-F1クラスのレースに参戦するプライベートチームを支援するために設立された。1982年にRSCはHRCへと変わった。

■1981年優勝者:マイク・ボールドウィン/デビッド・アルダナ組(ホンダ・フランス:RS1000)
 鈴鹿8耐は、1980年にFIMクーペエンデュランスから世界耐久選手権に昇格。その年のファステストラップはイギリス人ライダーのハスラム/ジョイ・ダンロップ組がRS1000で出している。しかし、彼らはクラッシュとエンジントラブルのためリタイアを喫した。

 翌年の1981年、アメリカ人ライダーのボールドウィン/アルダナ組は、ホンダ・フランスチームにはあり得ないペアだったかもしれないが、彼らはRS1000で凄まじい速さを見せ、2周の差をつけて優勝を果たした。

■1982年優勝者:飯嶋茂男/萩原紳治組(ブルーヘルメットMSCホンダ:RS1000)
 第5回鈴鹿8耐が開催された1982年は、三重県に台風が上陸したこともあり、初めて激しい雨のなかで行われた。コンディションは非常に悪く、6時間後にレースは安全上の理由で中止された。日本人ライダーたちは雨のなかでパフォーマンスを発揮し、ブルーヘルメットMSCチームのRS1000勢が1-2フィニッシュを飾った。

 飯嶋茂男/萩原紳治組は、2位の伊藤裕之/吉村俊宏組に28秒差をつけて日本人ペアとして初優勝を果たした。


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