2020年シーズンのMotoGPには、本当にいくつものターニング・ポイントが存在する。そしておそらく、この第13戦ヨーロッパGPもそのひとつとなるだろう。チャンピオンシップのポイントリーダーであるジョアン・ミル(チーム・スズキ・エクスター)がついに最高峰クラスで初優勝を上げ、チームメイトのアレックス・リンスが2位表彰台に上がった。一方、チャンピオンシップを争っていたファビオ・クアルタラロ(ペトロナス・ヤマハSRT)を筆頭とするヤマハ陣営は消沈の週末を過ごしていた。
■スズキのワン・ツーフィニッシュとミルのチャンピオンシップ
ミルがチャンピオンシップのランキングリーダーに浮上したのは第11戦アラゴンGPからである。最高峰クラス2年目のシーズンを送っていたミルは、第13戦ヨーロッパGPを迎えるまでに12戦中6度の表彰台を獲得していた。混戦模様の今季にあって、安定感はピカ一。ただ、優勝にだけ手が届いていなかった。
シーズン最後の3連戦の初戦となったヨーロッパGPは、雨で始まった。木曜日にはまるで嵐のような悪天候だったという。金曜日と土曜日はほぼウエットコンディションでの走行。日曜日には天候は回復したが、ドライコンディションで走行したのはウオームアップセッションのみという、ライダーにとって悩ましい状況となった。
とはいえ、天候の条件はライダーすべてにとって同等である。迎えた決勝レースで、ミルは5番グリッドからスタートすると、1周目で3番手、4周目にはリンスに次ぐ2番手に浮上。そして17周目の11コーナーでリンスがラインを外したすきを見逃さず、トップに立った。リンス曰く、このときギヤのミスを犯してしまったのだそうだ。
リンスを交わしてからのミスは終盤にもかかわらず、安定したラップタイムを刻み続けた。ミルのタイムは序盤からほとんど落ちなかった。
ミルはレース後、「今週はシーズン中でもベストンウイークだったんだ。金曜日はウエットコンディションと、ウエットパッチが残るドライコンディションに苦戦していた。でも土曜日にはかなり変わって、バイクはよく走っていた。今日のウオームアップセッションでは今週末初めてドライコンディションになったけれど、バイクの感じがすごくいいことがわかって、今日は優勝に挑む日になるかもしれないと思っていたんだ」と、自信をもってレースに臨んでいたことを明かした。
もちろん、初優勝への緊張もそれなりに感じていたらしい。「最終ラップはレースがすごく、すごく長く感じた」と、初優勝に挑んだライダーらしいコメントも添えていた。
2番手のリンスも終盤のペースの落ち込みとしては大きなものではなかったが、今回はミルの強さが勝った。ミルに交わされてからは「ジョアンとの差をキープしようとしたけれど、毎周、彼が差を広げていくのがわかって、考えを変えたんだ」ということだ。
ミルとリンスはワン・ツーフィニッシュは、スズキにとって最高峰クラス38年ぶりのスズキのワン・ツーフィニッシュという快挙でもあった。最高峰クラスでスズキがワン・ツーフィニッシュを果たしたのは、1982年シーズンの最終戦、ホッケンハイムリンクで行われた西ドイツGPで、ランディ・マモラとバージニオ・フェラーリが達成して以来。このときは、3位もスズキのロリス・レジアーニだったと記録されている。
さて、ヨーロッパGPの勝利、そして後述するクアルタラロやビニャーレスの結果により、ミルはぐぐっとチャンピオンの可能性を手元に引き寄せた。現在の獲得ポイント数は162。ランキング2番手につけるクアルタラロ、同ポイントで3番手に浮上したリンスと37ポイントの差がある。次戦バレンシアGPでミルがチャンピオンを獲得するためには……と、細かく見ていくときりがないのだが、ミルが表彰台を獲得すれば無条件で戴冠が決まる。ポイント数で見ると、クアルタラロとリンスに対し、獲得ポイントが14ポイント以上のポジションでフィニッシュすればよいのである。そして、開催地はヨーロッパGPと同じくバレンシアのリカルド・トルモ・サーキット。ミルにとって追い風が吹いていることは間違いない。
懸念があるとすれば、MotoGPクラスで一度もタイトル争いを経験していない、という点だろうか。ただ、2017年シーズンにはMoto3クラスでチャンピオンに輝いた経験がある。ミル自身は懸念を一蹴している。
予選日のあとには「僕は精神的に、すごく強い、本当に強いと思うんだ。これはライフスタイルや人生などすべてから、トレーニングできるものだと思っている」と語り、決勝レース後には「僕にとって、プレッシャーが大きな問題ではないと(優勝によって)示したと思うよ。大事なのはポテンシャルを示し続けること、そして、プレッシャーを自分にとってマイナス要因にしないことだね。それをマネジメントするのは難しいから。でも僕は、うまくやっていると思うよ」ともコメントした。
チャンピオンがかかるレースのプレッシャーは生半可なものではない、ともいう。次戦バレンシアGPのグリッド上で、ミルが直面するのは前向きなプレッシャーだろうか、それとも。答えはバレンシアGPの日曜日に明かされるだろう。