マルク・マルケス(レプソル・ホンダ・チーム)が表彰台の頂点に返り咲いた。MotoGP第8戦ドイツGPでのそれは、2019年シーズン最終戦バレンシアGP以来、約1年半ぶりに挙げた優勝だった。
ドイツGPの舞台であるザクセンリンクは左回りのサーキットで、10の左コーナーに対し、右コーナーは3しかない。右腕、右肩の回復途中にあるマルケスにとっては抱えているフィジカル面の問題をカバーしやすいサーキットでもあった。2020年の初戦で負った右上腕骨骨折、そしてその影響が右肩にも及んでおり、マルケスはこれまでたびたび、以前のようなライディングポジションがとれないこと、特に右コーナーで苦戦を強いられていることについて言及していたからだ。
「いつもより身体的な限界に余裕がある状態で走ることができると思う。状況を一変させることはできないけれど、身体面ではほかのサーキットよりもはるかにいいだろうという自信はあるよ」と、木曜日にはドイツGPの展望を述べていた。マルケスは、ザクセンリンクで表彰台争いをしようと考えていた。
予選では今季ベストグリッドとなる5番グリッドを獲得。決勝レースでは1、2周目でアレイシ・エスパルガロ(アプリリア・レーシング・チーム・グレシーニ)とトップ争いを繰り広げたが、2周目でレースリーダーの座を確立する。間もなく雨粒が落ちてくると「よし、チャンスだ」と思ったという。雨はその後大降りになることはなかったが、コースは滑りやすい状況ではあった。ただ、マルケスはどう走ればいいのかを理解していた。
しかし、マルケスにとっては「今日は集中し続けるのが難しいところもあるレースだった。そして、あきらめずに集中し続けるのも難しかった」のだとも言う。第5戦フランスGPから第7戦カタルーニャGPまで、3戦連続で転倒していたことも頭をよぎった。
「転倒したくなかったし、ミスもしたくなかったから、部分的に硬い走りになってしまった。でも、すべてを忘れようと思った。ただ、このサーキットでの記憶を取り戻そうとしたんだ」
レース中盤に2番手に浮上したミゲール・オリベイラ(レッドブル・KTM・ファクトリーレーシング)は、次第にマルケスを追い上げ始めた。対するマルケスはこのとき、自分の思考をコントロールしていたのである。こうした柔軟な発想、すぐに対応できる対応力と精神力もまた、マルケスの強みだろう。
「オリベイラの名前と弟(アレックス・マルケス)の名前を(頭のなかで)入れ替えたんだよ。家でトレーニングしているときには、通常そういうモードでトレーニングするんだけど、速いライダーが後ろにいて、遅いライダーが前を走るんだ。ときどきアレックスは僕よりも速い。だから、オリベイラを弟だと思って、『もし彼が僕をとらえても問題ないんだ』と思うことにした。でももちろん、僕も攻めていたし、決してあきらめなかった」
オリベイラのラップタイムはハイペースで、一方追われる側のマルケスもほぼ同等のペースを保っていた。オリベイラはレース終盤には「僕はもう“空っぽ”だった」と語っている。
トップでフィニッシュラインに飛び込んだマルケスは、チェッカーを受ける寸前にぐっと頭を下げた。パルクフェルメでのインタビューでは、声を震わせ、何度か感情をこらえるように下を向く。そして1年半ぶりに上がった表彰台のいちばん高いところで、マルケスは目頭を抑えた。
付け加えれば、ザクセンリンクはホンダ向きのサーキットだと言われており、マルケスはこのザクセンリンクで、2019年まで10回もの優勝を飾ってきた“マイスター”でもあった。そうは言っても右腕、右肩が万全ではなく、目下、マルケスのみならずホンダ全体が苦戦中という2021年シーズン。優勝するのはそうたやすい話ではないはずだった。マルケスは「優勝できる可能性は低いだろうけど、コンディションがよければやってみようと思った」と、パルクフェルメで語っていた。
マルケスは並み居るライバルたちもプレッシャーもはねのけて優勝を成し遂げた。どんな状態であろうとも、わずかでも光明があればそこに向かって全身全霊を尽くし、最上の結果を出す。マルク・マルケスは、やはりマルク・マルケスだった。