全9クラスが競うスーパー耐久シリーズ2021 Powered by Hankookのうち、ST-Z、ST-Q、そしてST-1の3クラスにトヨタGRスープラが参戦している。前回お届けしたST-ZクラスのGRスープラGT4、そのGT4マシンの開発車両となるST-QクラスのGRスープラ。そして、これらとは外観も開発コンセプトも異なるST-1クラスのGRスープラだ。
不定期にお送りしている“スーパー耐久マシンフォーカス”。2021年シーズン第3回は、今季からST-1クラスに参戦を開始したTRACY SPORTSの『トヨタGRスープラ』の特徴、特性をご紹介しよう。
* * * * * * * *
2021年シーズンのスーパー耐久シリーズ ST-1クラスにエントリーする『muta Racing GR SUPRA』は、ST-Z、ST-Qクラスに参戦する他のGRスープラとは外観から大きく異なる車両だ。特徴的なフロントスポイラーやサイドステップ、そして他のGRスープラよりも巨大なリヤウイングを装着しているため、コースサイドからも見分けがつきやすい1台だろう。
このST-1のGRスープラについて、エントラントであり、開発を手がけたTRACY SPORTSの伊藤芳明氏に話を聞いたところ、GRスープラのロードカーを購入し、重量物を除く、安全部品の装着、外装の交換というレーシングカーを作る上での“教科書どおり”の工程を行い、できるだけN1マシンとなるように開発したと話す。
「この個体はもともとナンバー付きでした。高級なシートや内装を剥がし、レース用に仕立てました。そう考えると、だいぶもったいない感じですけどね(笑)」と伊藤氏。
昨今、FIA-GT3マシンによって競われるST-Xクラスを筆頭に、FIA-GT4マシンが参戦するST-Zクラス、TCRマシンが参戦するST-TCRクラスといったメーカー製のカスタマーレーシングカーが参戦するクラスの参戦台数が増えているが、2010年代初頭までのスーパー耐久といえば各エントラントが自らの手でレーシングカーを作り上げて参戦するというスタイルが主流であり、現在もST-1〜ST-5、そしてST-Qクラスに受け継がれている。
メーカー製のGT3やGT4、TCRといったカスタマーレーシングマシンは、吊るしの状態でもある程度走行できる上に、コストパフォーマンスが高く、さらにメーカーからのサポートも手厚いことからジェントルマンドライバーを中心に人気を博している。しかし、“クルマを作りあげる”ということもレースの醍醐味だ。
「僕らは“クルマを作りたい”という思いがあります。さらに、部品メーカーさんへの開発協力などもあるので、レギュレーションで開発が制限されたクルマだと、やる意味がないと考えています。そのため、昔ながらのスーパー耐久のスタイルに乗っ取って参戦しています」と伊藤氏は話す。
TRACY SPORTSは、ブレーキではアドヴィックス、ラジエーターではDRL、エアロはイングスといったサプライヤーとともに部品開発に携わり、レースを通じてさらに鍛え上げ、各サプライヤーの製品に反映させていくという関係性を築いており、スーパー耐久への挑戦を“走る実験室”として捉えている。
「もちろん、開発となるとメーカーさんもワンオフで作らないといけないですし、レースに協力することで、かなりの手間とコストがかかると思いますが、それでもいいものを作っていきたいというメーカーさんはかなりいらっしゃいます」
「もしレギュレーションでこういった“クルマ作り”がダメになったらどうしようもないですけど、今年からST-Qクラスが創設されたように、スーパー耐久はそうはならないと考えています。誰でも買えて、買ったまま走らせられるレースだけではエントラント側もつまらないですし、見てる方にとっても開発競争の面白さがなくなってしまうので」と伊藤氏はST-1クラスへの参戦の意義を話す。
それでは、『muta Racing GR SUPRA』がロードカーのGRスープラからどのような改造が施されたのかを見ていこう。
先述の通り、できるだけN1仕様とした『muta Racing GR SUPRA』だが、N1マシンと大きく異なるのはミッションだ。ロードカーに搭載されている8速スポーツシーケンシャルシフトマチックではなく、サデフ製6速シーケンシャルミッションを搭載している。
この理由について伊藤氏は「本当はロードカーのミッションをそのまま使いたかったのですが、ネットワークが複雑で、解析の時間が足りませんでした。時間をかけても解析できる保証もないので、そこはわり切りました」と解説する。もちろん、ミッション交換はスーパー耐久機構(STO)の特認を得ている。
そして外装は、イングス製のフロントバンパー、サイドステップ、リアバンパー、フロントフェンダー、リヤウイングを装着している。これらも市販品開発に向けた取り組みのひとつだ。
「まずはイングスさんの提案通りのパーツをつけて走らせています。我々からの要望も上げていきますが、それが製品に必ずしもフィードバックされるとは限りません。なぜなら、スーパー耐久では公道で使えるエアロでなければいけませんし、突起物や最低地上高の問題をクリアする必要もあります」
「ボンネットに至ってはレースではどんどん空気を捌けることができればいいのですけど、ロードカーの場合だと降雨の際に水が入るのがダメというのもありますので、その辺りのさじ加減なども折り合いをつけて、マイナーチェンジを行う、というのは今後もあると思います」
なお、muta Racing GR SUPRAが装着しているエアロパーツは『ings N-SPEC GR SUPRA エアロパーツ』、リヤウイングは『Z-Power WING(GR SUPRA 専用モデル)』として現在販売されている。
エギゾーストはフジツボ製のワンオフモデルを装着している。縁石を跨ぐ際にマフラーを痛めてしまうことを避けるためタイコの下がスライスされており、地上高を稼ぎ、底を逃すかたちになっている。
さらに、驚くべきはロードカーのパワーステアリング機構を活かし、レースでも使用しているということだ。詳細は企業秘密ということだが、電子制御の塊とも言える最新の市販スポーツカーのパワーステアリングシステムを解析し、レースユースで制御できているというTRACY SPORTSの技術力には驚かされる。