メルセデスの2019年型マシンW10は外見からも想像できるように、2014年から続く技術哲学を継承したものだった。その間にライバルたちの多くがコンセプトを変えて行く中、彼らは頑固にこれまでの路線を踏襲した。
たとえば、サイドポンツーンである。2017年にフェラーリが先べんをつけた、サイドポンツーンの位置を高くする手法は、瞬く間にほぼ全チームがマネをした。しかしメルセデスは古典的な方法にこだわり、ただし開口部はさらに狭くして行った。ホイールベースも長いままだし、多くのマシンがレッドブル式にレーキ角を大きく付けても、彼らのマシンは地面とほぼ平行のままだった。
一方で注目すべきは、ドラッグが大きくなるのは覚悟の上で、最大限のダウンフォースの発生を目指したことだ。その結果2019年型のW10は、低中速コーナーで無敵の速さを発揮した。対照的にストレートでは、(少なくともフェラーリと比較すれば)最高速で劣ることになった。
絶え間ない改良を重ねなければ、F1の世界ではあっという間に王座から転落してしまう。にしてもメルセデスが早くもシーズン開幕から、W10に変更を加えたのには驚かされた。バルセロナウィンターテスト第1週では、フェラーリが圧倒的な速さを見せた。この時期のラップタイムは必ずしも、マシンの実力を正確に反映しない。
しかしメルセデスはこの事実を深刻に受け止め、第2週にはまったく違う仕様を投入した。ノーズはより丸みを帯び、内側に湾曲していたフロントウイング翼端板も、逆に外側に曲がっていた(赤、黄矢印参照)。さらにバージボードやフロアの形状も見直され、サイドポンツーンやエンジンカウルはアグレッシブに絞られたことで、車体のシルエットは一新された。
開幕戦オーストラリアGP後もメルセデスはアップデートの手を緩めず、第3戦中国GP、続いて第4戦アゼルバイジャンでフロントウイング自体にも改良を加えた。こうして開幕から連勝を続ける中、W10は第5戦スペインGPでさらに大きな変身を遂げた。
フロントウイングのエレメントは、付け根部分の湾曲が浅くなり、新たに切り欠きが設けられた(青、黄矢印参照)。フロントタイヤが起こす乱流を外側に逃がす、いわゆるアウトウォッシュの効果をいっそう高める工夫だった。
この部分の変更は、当然ながら車体後方への空気の流れに影響を及ぼす。そのためバージボードのウイングレットも2枚から3枚に増やされ、形状もより複雑になった(黄、赤色矢印参照)。これら空力パーツの区分化は、小さな渦流(ボーテックス)を起こすことが目的だった。ドラッグも増えるが、メルセデスの空力専門家たちはそれ以上にダウンフォース増大を重視したのだ。
シーズンのその後の展開は、彼らの目論見が正しかったことを証明した。フェラーリの自滅もあったとはいえ、スペイン以降のメルセデスは5戦中4戦を制することになる。
●冷却の問題は、最初から覚悟していた!