バルセロナで開かれていたF1プレシーズンテストが2月28日に終了したとき、関係者の主な話題はラップタイムやレースシミュレーションのペースでもなければ、新車の信頼性でもなかった。
2020年シーズンの正式な幕開けを2週間後に控えたその時点で、すでに世界中で8万4615人の新型コロナウイルス感染者が報告され、そのうち2923人が死亡していた。そして、最初に流行が発生した中国の主催者は、早々にグランプリの延期を申し入れていた。だが、まるで何事もなかったかのように、F1は前へ進もうとしていた。
その一方で、パドックで働く人々の大半は、シーズン最初の2戦の移動計画の変更に必死で取り組んでいた。バーレーンとベトナムを含む数カ国が、過去2週間以内に日本、香港、シンガポールにいた人の入国を制限し、あるいは14日間の隔離期間を課していたからだ(香港とシンガポールは、ヨーロッパからオーストラリアへのフライトの中継地としてよく利用される)。
どのチームもスタッフ全員の当初の予定をキャンセルして、融通のきく航空会社と新たな航空券の発行について交渉することを強いられた。そして、そのときすでにバーレーン政府は、私たちジャーナリストが入国し、グランプリの現場で仕事をするのに必要なメディアビザの発行を停止していた。
こうした状況へのF1の対応は、小さな世界に閉じこもり、自分たちのことだけに夢中な人々に典型的なもので、もはや正常な判断力を欠いているとさえ言えるほどだった。現地の主催者がレースの中止を決めない限り、オーストラリア、バーレーン、ベトナムの各グランプリは計画どおりに開催するという態度を変えなかったのだ。
したがって、機材を積んだ貨物機は開幕戦の10日前には出発し、各チームの先乗りクルーとFOMの一部メンバーも、予定の便でオーストラリアへ向かっていた。
そして、パドックの住人の大部分がヨーロッパを発った3月7日には、新型コロナによる死亡者の数はわずか1週間で23%増の3599人、感染者数も25%増の10万099人に達していた。
この数字に直面して、F1は何をしただろうか。答えは“一切何もしなかった”。何の手も打たずに、ロス・ブラウンが次のようなコメントを発表しただけだったのだ。
「F1は、この状況に対して科学的なアプローチを採り、公衆衛生当局の最新の勧告、およびホスト国の主催者による勧告または対策に応じて行動していく」
別の言い方をすれば、F1はこの世界的危機に際して、知恵を働かせて採るべき道を決めようとさえしなかった。いわば、公衆衛生当局やレース主催者の声だけを頼りに、目を閉じたまま真っ直ぐに進もうとしたのだ。
また「科学的アプローチ」という表現は、やや不穏当なものでもあった。国際試合をキャンセルし、欧州チャンピオンズリーグの試合を無観客で実施していたプロサッカーなど、他のスポーツの対応への当て擦りのようにも響いたからだ。