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F1 ニュース

投稿日: 2020.04.21 07:00
更新日: 2020.04.21 12:21

ホンダF1山本MDが語るマクラーレンからトロロッソへのスイッチ舞台裏「モンツァで決着をつけよう」

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F1 | ホンダF1山本MDが語るマクラーレンからトロロッソへのスイッチ舞台裏「モンツァで決着をつけよう」

 2017年、マクラーレンとのパートナーシップ締結3年目を迎えたホンダは、第3戦バーレーンGPでマクラーレン経営陣の前でパワーユニットトラブルを起こしてしまい、関係は最悪となった。マクラーレンはすでにルノーとのパートナーシップを模索し、ホンダは新たなパートナーを見つけなければならなかった。さもないと、最悪F1撤退という事態もありうる……。

 トロロッソとのパートナーシップ締結以来、ホンダF1活動は順調に推移し始めた。その3年間を集大成し、5台のホンダF1パワーユニット搭載マシンを、2019年シーズン3勝2ポールポジションを記録したレッドブルRB15・ホンダを中心に振り返る『F1速報特別編集 Red Bull RB15 Honda ーHonda F1 Chronicle 2018-2020ー』が4月15日に発売された。

 本誌では、2019年4月よりホンダF1プロジェクトのマネージングディレクターとして活躍している山本雅史が、2016年に本田技研工業のモータースポーツ部長に就任以来、3年間ホンダのモータースポーツ活動全般にわたって責任者として指揮を執ってきた回顧録が納められている。今回は、その抜粋としてマクラーレンとの離別、そしてトロロッソとのパートナーシップ締結に至るまでの舞台裏の一部を紹介したい。
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「2017年、ホンダはエンジンの仕様を大きく見直しました。前の仕様のままではパフォーマンスの頭打ちが見えたので、大きくコンセプトを変更したのです。結果的にそれは間違っていなかったと思いますが、新しくしたことで、それまでの2年間の積み重ねを活かし切れず、ちょっと戻っちゃう部分が出ました。それが信頼性に出て、開発陣は相当苦労しましたね」

「とても印象に残っているのが3戦目のバーレーンで、本当に厳しく苦しいレースでした。僕も現場にいましたし、マクラーレンは首脳陣が全員いたんですよ。彼らにとってはオーナーのホームサーキットですからね。ストフェル(バンドーン)が走るたびにMGU-Hをはじめ、何かがトラブるっていう状況で、もう悲劇的でしたね。」

「一番酷かったのは、ストフェルがパワーユニットを組み換えて走り出して、ピットロードで止まっちゃったときです。もう部品もなく、グリッドに並べないんじゃないかと思いました。なんとかそれは回避できましたが……」

 結果的に、このバーレーンでの悲劇は、ホンダのF1活動を大きく揺るがす引き金となった。そして当時、山本が描いていた構想にも大きな影響を及ぼすこととなる。

「2016年にF1に関わった頃から僕は2チーム体制を敷きたかったんです。やはり違うチームとやることで学べることはたくさんあります。ひとつのチームでは、これが正しいか間違っているか分からない。比較ができないじゃないですか」

「だから、絶対に2チーム体制でやろうと思っていて、最初に考えたのはウイリアムズ。あの当時も強くはなかったけど、やっぱりマクラーレン、ウイリアムズと組んで、第2期の黄金時代復活みたいなことを、自分のなかでは考えていたんです」

「しかし、2017年バーレーンでのドタバタから、マクラーレンとはかなりギクシャクし始めました。間違いなく、バーレーンが騒動のスタートでした。だから僕もバーレーンが終わった後に、うちのトップや経営陣に『チーム編成を含めて見直す必要があるかもしれません』みたいな話をしたのを覚えています。マクラーレン側も『お前らいい加減にしろ』って怒り出したりし始めたのは、あれからでした」

山本雅史ホンダF1マネージメントディレクター
山本雅史ホンダF1マネージメントディレクター

■急転直下、舞台裏の駆け引き


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