2021年シーズンで6年目を迎えたハースF1チームと小松礼雄エンジニアリングディレクター。今年はミック・シューマッハーとニキータ・マゼピンという若い新人ドライバーを揃えたハースだが、テストを終えた時点でのチームの雰囲気は良いという。チームにとっての“過渡期”となる2021年シーズンに向け、ハースはどう戦っていくのか。現場の事情を小松エンジニアがお届けします。
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プレシーズンテスト(バーレーン・インターナショナル・サーキット)
#9 ニキータ・マゼピン 総合17番手(1分31秒531/C4)
#47 ミック・シューマッハー 総合19番手(1分32秒053/C3)
いよいよ2021年シーズンの開幕が近づいてきました。今年もまだまだ新型コロナウイルスの影響がありますが、なんとか無事にシーズンを通してレースが開開催されることを願っています。去年は新しいサーキットがあったり、通常より寒いコンディションでのレースがあったりと変化があっておもしろかったかと思います。今年も空力のレギュレーション変更、若手ドライバーの参戦や移籍など変化があるのでおもしろいシーズンになればと思っています。
さて、コロナの影響で遅れが出ましたが、先日やっとバーレーンでのプレシーズンテストを行うことができました。ふたりの新しいドライバー、そして新体制となったチームで初めて迎えたテストでしたが、全体としてはとても上手くいったと思っています。今年はイギリス、バンバリーの工場でクルマを組み立てましたが、イギリスではコロナの状況が悪く制約が厳しいため、フェラーリのパワーユニット(PU)関連のメンバーが渡英できませんでした。よって、初めてエンジンをかけたのが、バーレーンに着いてからの走行2日前となりました。このような状況にもうまく対処することができ、予定通りに無事シェイクダウンを終えることができました。
テストでも初日にPU関連の問題があったものの、それ以外はまったく問題なく走ることができ、チームにとってもふたりのドライバーにとってもいいデータがとれました。その面では本当に満足しています。
しかし、では今年のクルマに速さがあるかどうかというと残念ながらそうではありません。シーズン開幕前からこんなことを言ってしまって「ハースは大丈夫なのか?」と思われる方も多いかと思います。実はこの状況は半年前から予測されていたものです。
昨年は2019年の成績の影響で予算が最初から厳しかったのですが、そこにさらにコロナに追い打ちをかけられ、クルマの速さよりもチームの存続を優先させなければならない状況となりました。クルマの開発も止めましたし、今年のクルマの開発もすべてストップせざるを得ませんでした。
やっとチーム存続のメドが立ち、徐々に2021年の開発を再開し始めたのはもうシーズンも押し迫ってきた頃でした。ここまで2021年の開発が遅れるとどうしても競争力のあるクルマは作れません。そして今年からは予算制限があります。もし今年のクルマを改善しようとすると、2022年のクルマの開発に影響が出てしまうので、今は来年に向けてのチーム作りをしていて、実はもう風洞も来年のクルマ用に稼働しています。ですから、過渡期にあたる今年は残念ながらクルマの競争力不足を受け入れて来年以降の準備をするしかないのです。
新しいふたりのドライバーですが、昨年のアブダビで走っていないニキータはチームにとっても未知数で、僕が彼ときちんと電話で話を始めたのも年が明けてからでした。第一印象はとても良かったですし、シート合わせにイギリスに来て初めて会った時も電話で話した印象通りでした。基本的に自分には何が必要かというのがよくわかっていて、ハッキリとしたコミュニケーションもとれますし仕事をしやすいドライバーです。
実際にテストで走ってみて、いい意味で驚いたのは、彼のフィーリングがいいことです。僕はよくドライバーに「クルマのセットアップ(車高やスプリングの硬さなど)のことは考えずに、とにかく感じたことだけを伝えてほしい」と言っているのですが、彼はそういうことが自然とできるドライバーだと思います。より速く走るためには「クルマにどう動いてほしいのか」、また「この場面では自分の運転でどう対処できるのか」ということを正確に伝えてきます。無駄なことは言わず、言わないといけないことだけをきちんと優先順位をつけて箇条書きのように話すので、こちらはとてもやりやすいです。
またミックが走っている時は自分のレースエンジニアと一緒に一生懸命テストを見ていたし、ミックとエンジニアと僕がどういう会話をしているのかも聞いていて、いろいろ質問もしてきます。莫大な資金だけでF1のシートを掴んだと思われるかもしれませんが、どれだけお金があっても才能がないとF1には上がってこれません。彼には天性の速さも伸び代もあると感じました。
もちろん、プレッシャーがかかった時にどうなるのか、どのレベルでいろんなことをこれから吸収していけるのか、運転自体にどれだけ自分のキャパを使うのかなど、まだまだ未知の部分は多いです。しかしチームにもうまく溶け込んでいますし、良いスタートを切ることができました。