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F1 ニュース

投稿日: 2021.05.16 11:27
更新日: 2021.05.16 12:00

【中野信治のF1分析/第4戦】ハミルトンとメルセデスの緻密すぎる対フェルスタッペン戦略。角田裕毅と『F1帝王学』

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F1 | 【中野信治のF1分析/第4戦】ハミルトンとメルセデスの緻密すぎる対フェルスタッペン戦略。角田裕毅と『F1帝王学』

 いよいよ始まった2021年F1シーズン。ホンダF1の最終年、そして日本のレース界期待の角田裕毅のF1デビューシーズン、メルセデス&ルイス・ハミルトンの連覇を止めるのはどのチームなのか……とにかく話題と期待の高い今シーズンのF1を、元F1ドライバーでホンダの若手ドライバー育成を担当する中野信治氏が解説。第4戦はハミルトンとマックス・フェルスタッペンのトップバトルについて詳細解説します。

  ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

 2021年F1第4戦スペインGP、予選ではマックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)がポールポジションを獲得できるかなと思いましたが、ルイス・ハミルトン(メルセデス)が『流石』としか言いようがない走りを見せました。ハミルトンとフェルスタッペンの戦いはもはや、クルマのわずかな差を超越した、次元の異なる領域での争いになっていると思います。

 メルセデスとレッドブル・ホンダ、予選のタイム差は0.03秒と本当にわずかでしたが、クルマのポテンシャルとしてどちらが速いかとなったとき、今回のリザルトでは正直、誰も答えが出せないと思います。

 予選Q2ではフェルスタッペンがハミルトンに対して0.244秒引き離してのトップでした。その時点では、今回はフェルスタッペンかなと思っていたら、Q3ではハミルトンがトップ。そしてお互いのチームメイト、バルテリ・ボッタス(メルセデス)とセルジオ・ペレス(レッドブル・ホンダ)のタイムともまったく違って、比較ができない状況でした。

 全体的に見ると、スペインGPではメルセデスのクルマが若干有利だったのかなと思いますが、予選でのハミルトンとフェルスタッペンの争いを見て、どっちのクルマがどうかと言われると『そういう話ではない』という次元でのトップ争いをしている気がしました。クルマの限界の向こう側にある領域で戦っている印象で、『すごい』という言葉しか出てきません。本当に良いものを見せてもらっているなというのが正直な感想です。

 今回のスペインGPでもハミルトンのオンボード映像を見ていると、イモラ・サーキットで行われた第2戦エミリア・ロマーニャGPでポールを獲得した時も感じましたが、頭脳と小技をすごく使った走りをしていました。今回はイモラの時ほどクルマが乗りにくそうには見えませんでしたが、いずれにしても昔の勢いとセンスだけで走っているハミルトンとはまったく別物です。今回はどちらかというとレッドブル・ホンダの方が前回のポルトガルGPに引き続いて、暴れるマシンを抑えつけながら走っているように見えましたね。

 『クルマを前に進めるのがうまい』という表現をよく聞くと思います。たとえば今回のハミルトンで言うと、クルマを前に進める、転がすことがうまいという表現になります。『前に進める』『転がす』という表現は、ブレーキングのときのブレーキの踏み方・抜き方などで『止めすぎない』、『止まりすぎない』ことを言います。そのブレーキの抜き方が、昔のハミルトンに比べると大きく変わったなと思えるところです。

 ブレーキの抜き方を変えることで、ハミルトンのクルマは止まりすぎずに、前に進むことができます。以前はクルマが暴れるところでは強引に向きを変えていてグリップが横方向に逃げていたのを、今はあえて無理をせず、縦方向にクルマを進めていく割合に変えています。その結果として、今のハミルトンはクルマを止める・曲げる・アクセルを踏むという動作がかなり滑らかです。

 ただ単にクルマを滑らかに走らせるだけだと、どうしてもスピードは遅くなってしまいます。手前からブレーキを踏んで空走状態を作り、アクセルを踏むタイミングを遅くすれば誰でも滑らかな走りはできます。ですが、限界まで攻めながら滑らかな走りをすることはかなり難しい。ハミルトンは自分のドライビングのブラッシュアップを何年も続けて、クルマを前に進めていく技、本当にミリ秒のタイムをコーナーひとつひとつで稼いでタイムを削っていく技を身につけたのだと思います。

 そして決勝ですが、スタートではフェルスタッペンがスタートを決めて1コーナーでハミルトンの前に出ました。フェルスタッペンは蹴り出しも良く、その後の加速では若干、ホンダパワーユニットがメルセデスよりも良かったように見えました。ただ1コーナーまでに追い抜くには至らずでしたが、ノーズを入れるには十分な距離までもっていけました。

 あの1コーナーのフェルスタッペンの飛び込みは結構、際どかったですね(苦笑)。ハミルトンが譲らないといけないところまで入っていったので、フェルスタッペンの勝ちといえば勝ちです。あの飛び込みがもう少し中途半端に並ぶ形でコーナーに入っていってしまうと、2台は接触していたのかなと思います。

 フェルスタッペンはちょっと強引ではあったのですが、ハミルトンが引かざるを得ないインへの入り方をしました。ペナルティを取られない絶妙なタイミングと、フェルスタッペンの気迫が伝わってきましたね。それと同時に、あの場面ではしっかりと引くという、ハミルトンのクレバーさも伝わってきましたね。

 これは簡単なようでなかなかできないことです。レーシングドライバーというのは基本的に引けない人種で(苦笑)、特にハミルトンのような立場だとなおさらです。昔のハミルトンならああいった場面で頑張ってしまって、接触してしまったと思いますが、今のハミルトンは、フェルスタッペンがあそこで引くわけないということを理解した上で、あえて自分が引きました。今のハミルトンは引くときは引く、勝負するときは勝負するという判断のよさ、チャンピオンを獲るために今回のレースをどう戦うべきかということがわかっています。

 その後は両者の差が少しずつ開いていき、ソフトタイヤの序盤はフェルスタッペンのペースかなと思いましたが、レース序盤はハミルトンもペースをコントロールしていたと思います。スペインGPのカタロニア・サーキットはオーバーテイクが難しいサーキットです。前のクルマの真後ろについてしまうと後ろのマシンはダウンフォースを失って、自分のタイヤの負荷が大きくなっていじめてしまうことになります。

 ハミルトンにとっては、この後はどういったレース展開になるかまだわからない状況だったので、そんなときにタイヤを酷使したくないという思惑があり、ときどきフェルスタッペンの真後ろまで迫り、追い抜けるようなら抜きにいく感じも見えましたが、『これはオーバーテイクできないな』と思った瞬間に、また差を少し開いて自分のタイヤやブレーキをコントロールしながら走っていました。

 ですので、レース序盤ではフェルスタッペンとハミルトン、どちらが有利だということはあまりなかったですね。ハミルトンは差を広げられているように見えましたが、実はすごく頭を使って走っていました。フェルスタッペンの1秒以内にいればDRSが使用できるのですが、その反面、高速コーナーではダウンフォースが小さくなってタイヤをいじめてしまい、ブレーキの温度も上がってしまいます。ブレーキ温度が上がるとセクター3が厳しくなってしまうので、そのあたりの1秒差のギャップの計算をしっかりとしながらハミルトンは走行していました。

 逆にフェルスタッペンは前にクルマがいないので、クリーンエアでタイヤをうまく使える状況でした。ハミルトンはそんなフェルスタッペンに対してだったので、ある意味『王道』の戦い方のように見えましたし、昔のハミルトンならとにかく前のクルマを追いかけ回して、チャンスがあればオーバーテイクを仕掛ける印象でしたが、今のハミルトンはまったく戦い方が違いますね。

 そして、ハミルトンもそうですが、メルセデスというチームもかなり戦略的に動いているので、そこはまたひとつ面白いところでした。フェルスタッペンとレッドブル・ホンダがどう動いてくるかわからない中、序盤はハミルトンとメルセデスにとってはまだプッシュできない場面でした。両者ともに攻めすぎても得はないですし、かといって離れすぎるとフェルスタッペンがタイヤ的に有利になってしまう。

 そんな中で、適度にフェルスタッペンにプレッシャーを掛けながら自分のタイヤも守るという、ハミルトンのクレバーさとすごさを感じましたね。

 そして最初に驚いたのはフェルスタッペンの最初のピットストップの場面です。レッドブルは左リヤタイヤの交換に手間取ってしまい4.2秒という制止時間で、いつものレッドブル・ホンダからすると2秒くらいロスをしてしまいました。そのロスを見て、2番手のハミルトンもフェルスタッペンと同じタイミングで翌周にピットに入っていれば、トップを奪えたはずです。でも、そこではピットタイミングを合わせなかった。

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