「1冊1台」をテーマに、F1グランプリを戦ってきた歴史的名車たちにスポットライトをあてる不定期敢行ムック『GP Car Story(GPカー・ストーリー)』は、2021年の今年、創刊10年目を迎えます。
それを記念して【GP Car Story創刊10周年特別企画】として、過去にGP Car Storyで扱ってきた名車たちに再度スポットライトを当てていきます。
今回特集するのは、1989年の自然吸気規定施行元年、フェラーリが伝統のV12エンジンを復活させた『フェラーリ640』です。F1史上初めてセミオートマチックトランスミッションを実戦投入したマシンとして、その後のF1テクノロジーに多大な影響を与えた1台ですが、実はこの640から直に影響を受けたマシンが、1992年型の『F92A』であると、F92Aの開発に尽力したスティーブ・ニコルスは、現在発売中の最新刊『GP Car Story Vol.36 Ferrari F92A』のインタビューの中で語っています。
誌面の都合上、最新刊の中では『640』について多くは触れられていませんので、それを補填する意味でもフェラーリF92Aの起源ともなっているフェラーリ640の記録を振り返っていくことにしましょう。
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1989年の開幕戦でナイジェル・マンセルが勝つなど、誰も想像していなかった。いや、正確にはマンセルだからではない、F1初お目見えのセミオートマチックトランスミッションが、1レースを走り切れるとは思えなかったと言った方が正しい。
開幕前の2月にヘレスで行なわれたシェイクダウンの時など、ドライバーがコースを走っている時間よりも、セミオートマのトラブルでピットに張り付いている時間の方が長かったほど。
開幕戦のフリー走行でさえ十分な走り込みができず、監督のチェザーレ・フィオリオをして諦めムード。「19周以上はとてももたない」と覚悟していたくらいなのだから。
そんな心配をよそにマンセルは走り続けた。スタート直後のグリッド上位陣の事故に助けられた感も否めなくはない。
しかし、途中ステアリングのトラブル(セミオートマの問題ではない)でイレギュラーなピットストップを強いられながらも、トップの座を最後まで守り続けた。ティフォシから『イル・レオーネ』の愛称で愛された英国人マンセルのスクーデリアでの最初のレースは、忘れられないものとなった。