スーパーGTを戦うJAF-GT車両見たさに来日してしまうほどのレース好きで数多くのレースを取材しているイギリス人モータースポーツジャーナリストのサム・コリンズが、その取材活動のなかで記憶に残ったレースを当時の思い出とともに振り返ります。
今回は2016年のフォーミュラEセカンドシーズンに開催されたロンドンe-Prixをピックアップ。コリンズは電気自動車によるレースを初めて自らの目で確かめるために足を運んだのでした。
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ヨーロッパ最大の都市ロンドンでは、天気の良い暖かい日には無数にある公園のひとつに散歩に行くのが一般的だ。多くの人は散歩をとても楽しいと思っている。しかし私は正直なところ少し退屈だと思っていることはここだけの話にしよう。
そんな私が自ら公園におもむいたことがある。2016年のある晴れた日、とても早い時間に起きてテムズ川南岸にあるバタシーという街の川沿いのエリアにある公園に行った。
“普通の公園での散歩”に行ったわけではない。電気自動車による新たなFIAフォーミュラE選手権を見に行ったのだ。樹木が生い茂り、多くの人に人気のあるバタシー・パークは、2.92kmのレースサーキットに改造されていた。
私はそれまですべてが電気で行われるモーターレースを直接見たことがなく、10年以上前のフォーミュラ・ライトニング・シリーズの古いビデオを見たことがあっただけ。
フォーミュラEもテレビで見たことがある程度だった。でも、従来のサーキットではない市街地で、果たしてどんなレースが行われているのか、それを自分の目で確かめたいと思ったのだ。
マシンに関してはテストを見てすでに詳細な記事を書いていた。つまり、レース自体をレポートするにしても現場に行ってからあまりやることがない。それよりも『フォーミュラE』というイベントが観客にとってどのようなものなのかを知りたかった。
だからいつも使用しているメディアパスは使わずに、あるスポンサーの一社が提供してくれたパスでファンと同じようにレースを見に行くことにした。
当時、イングランドのドニントン・パークで行われた初のフォーミュラEグループテストのとき、私はシリーズの代表であるアレハンドロ・アガグと話をし、マシンについて批判したことがある。
マシンが遅く見えるし、トラップスピードとコーナータイムが古いフォーミュラ・フォードより遅い。マシンは900kgでブレーキ馬力は230bhp、それほど感心できるようなものではなかった。
アガグはとても好感の持てる男だが、私の指摘に対して彼は笑って「それは間違っている」と言った。何が違うのか。考えられることはマシンを広く幅のある従来のサーキットで見ていたが、タイトなストリートサーキットでならもっと見栄えがするかもしれないということぐらいしか浮かばない。
アガグは私がシリーズについてどう思うのか、パブリックエリアからレースを見てシーズン後半に聞かせて欲しいと挑むように言った。そこで私はバタシーで普通の観客のような経験をすることに決めたのだ。
このイベントはロンドンではちょっとした騒ぎを起こしていた。バタシーの住民がレース開催に大きな不満を持っていたのだ。公園の周りはすべて広大な住宅地であり、多くの人々がレースは大きな騒音を立てるだろうと考えていた。
住民たちは電動自動車がほとんど無音であることを完全に信じてはいなかった。ロンドンe-Prix前に開催されたパブリックミーティングではクルマの騒音が大きすぎることが主な問題であると主張し、彼らは懸念を表明していた。
しかしその主張は通らなかった。なぜならレース主催者が「その日の朝5時にコースでフォーミュラEマシンのテスト走行をしたが、誰も気づかなかった」と答えたからだ。これでふたつの結末がついた。
まず地元議会はレースの開催許可を下した。不満を申し立てた地元の住民たちの騒音に関する認識は間違っていたが、彼らはバカにされた気分になっただろう。
あのように一杯食わすような不誠実な手を使われたことで、彼らはフォーミュラEを心底憎むようになった。将来フォーミュラEが再度開催されないように、できる限りすべての手を尽くすに違いないだろう。
近隣住民以外にもレースに不満のある人々がいた。普段は公園で自転車に乗ったり、犬の散歩をしたりすることを楽しんでいるが、ほとんどの人たちは公園全体がレースのために閉鎖されることに気づいていなかったのだ。
私がコースに到着したとき、犬の散歩をしている人たちと自転車乗りの人たちが係員と議論をしていた。「普段のルートを通らせてくれ」と。
素敵なビクトリア調の柵を通して彼らが指を差している方向を見ると、公園の周囲ではフリー走行が行われていた。彼らはレース中もコースに沿って歩くことができると思っていたようだ。