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スーパーGTニュース

投稿日: 2016.03.07 00:00
更新日: 2018.02.17 13:22

コッツォリーノ「また日本で走ることができたら」


 3月5日、富士スピードウェイ。この日シェイクダウンされたスーパーGT300クラスに参戦するディレクション・レーシングのランボルギーニ・ウラカンGT3は、ひさびさに日本でレーシングスーツ姿をみせた男がコクピットに乗り込み、初めてのコースインを担当した。その男の名は、ケイ・コッツォリーノだ。

「こんにちは! おひさしぶりです」。

 爽やかな笑顔でコッツォリーノはこちらを見るなり声をかけてくれた。トヨタの育成ドライバーとしてフォーミュラトヨタ、全日本F3とステップアップ。2010年には、国内最高峰であるフォーミュラ・ニッポンに参戦。特別戦のJAF Grand Prixではアグレッシブな戦略でポールポジションも獲得したドライバーだ。気さくなキャラクターで、その頃毎戦のように貴重なコメントをくれていた。

■レースから遠ざかり、そしてふたたびサーキットへ
 そんなコッツォリーノだが、2011年に向けてFニッポンのシートを得られず、2012年に乃木坂46カラーのBMWを駆りWTCCにスポット参戦して以降、サーキットから遠ざかりはじめた。持ち込みのシートのオファーはあるが、プロとしてなかなか声がかからない。

 一方で彼はイタリア人のカルミネ・コッツォリーノさんを父にもつが、カルミネさんが経営するレストランチェーンの表参道のお店を任され、“ケイ・コッツォリーノ店長”としての活動が板についてきていた。しばらく、コメンテーター等の仕事でサーキットには来るが、ドライバーとしての活動はめっきりなくなっていった。

 しかし2015年、コッツォリーノはレーシングカーのコクピットに舞い戻った。元F1ドライバーのビンチェンツォ・ソスピリの誘いを受け、ランボルギーニが14年からスタートさせた育成プログラムのメンバーとなったのだ。

「ランボルギーニもこれからモータースポーツに力を入れていくというので、その波に乗ろうと。これが最後の波かと思いました(笑)」とコッツォリーノは言う。

「イタリアに行ってオーディションを受けて。レース活動はいったん休憩していましたけど、モータースポーツを長くやりたいと思ったら、やはりメーカーのドライバーになりたかったんです」

 その後コッツォリーノは、ランボルギーニ・スーパートロフェオ・ヨーロッパにソスピリ率いるVSRから参戦。その一方で、15年に実戦デビューしたウラカンGT3の開発ドライバーを任された。ワークス格のグレッサー・レーシングで、3回ほどウラカンGT3をテスト。「自信になりましたし、今年に向けていいトレーニングになりました」という。