更新日: 2018.02.17 13:22
コッツォリーノ「また日本で走ることができたら」
3月5日、富士スピードウェイ。この日シェイクダウンされたスーパーGT300クラスに参戦するディレクション・レーシングのランボルギーニ・ウラカンGT3は、ひさびさに日本でレーシングスーツ姿をみせた男がコクピットに乗り込み、初めてのコースインを担当した。その男の名は、ケイ・コッツォリーノだ。
「こんにちは! おひさしぶりです」。
爽やかな笑顔でコッツォリーノはこちらを見るなり声をかけてくれた。トヨタの育成ドライバーとしてフォーミュラトヨタ、全日本F3とステップアップ。2010年には、国内最高峰であるフォーミュラ・ニッポンに参戦。特別戦のJAF Grand Prixではアグレッシブな戦略でポールポジションも獲得したドライバーだ。気さくなキャラクターで、その頃毎戦のように貴重なコメントをくれていた。
■レースから遠ざかり、そしてふたたびサーキットへ
そんなコッツォリーノだが、2011年に向けてFニッポンのシートを得られず、2012年に乃木坂46カラーのBMWを駆りWTCCにスポット参戦して以降、サーキットから遠ざかりはじめた。持ち込みのシートのオファーはあるが、プロとしてなかなか声がかからない。
一方で彼はイタリア人のカルミネ・コッツォリーノさんを父にもつが、カルミネさんが経営するレストランチェーンの表参道のお店を任され、“ケイ・コッツォリーノ店長”としての活動が板についてきていた。しばらく、コメンテーター等の仕事でサーキットには来るが、ドライバーとしての活動はめっきりなくなっていった。
しかし2015年、コッツォリーノはレーシングカーのコクピットに舞い戻った。元F1ドライバーのビンチェンツォ・ソスピリの誘いを受け、ランボルギーニが14年からスタートさせた育成プログラムのメンバーとなったのだ。
「ランボルギーニもこれからモータースポーツに力を入れていくというので、その波に乗ろうと。これが最後の波かと思いました(笑)」とコッツォリーノは言う。
「イタリアに行ってオーディションを受けて。レース活動はいったん休憩していましたけど、モータースポーツを長くやりたいと思ったら、やはりメーカーのドライバーになりたかったんです」
その後コッツォリーノは、ランボルギーニ・スーパートロフェオ・ヨーロッパにソスピリ率いるVSRから参戦。その一方で、15年に実戦デビューしたウラカンGT3の開発ドライバーを任された。ワークス格のグレッサー・レーシングで、3回ほどウラカンGT3をテスト。「自信になりましたし、今年に向けていいトレーニングになりました」という。