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投稿日: 2022.02.03 15:30
更新日: 2022.02.03 20:18

70年以上の歴史ある『F1デザイン論』特集の見どころ/ゴードン・マーレイ のインタビュー


レーシングオン | 70年以上の歴史ある『F1デザイン論』特集の見どころ/ゴードン・マーレイ のインタビュー

 現在発売中の雑誌『レーシングオン No.517』では、70年以上の歴史をもつF1のデザインに着目した『F1デザイン論』という特集を収録している。戦績ではなく“カッコ良さ”に迫った意欲的な一冊だが、とは言えカッコ良さはレーシングカーにとっては“二の次”なはず。では、優れたF1デザインとはどんなものなのだろうか。

 ここでは1970〜1980年代のF1デザインに精通し、多くの名車と迷車を生み出した鬼才デザイナー、ゴードン・マーレイへのスペシャルインタビュー記事より一部を抜粋してお届けしよう。

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(以下抜粋)

──ブラバムでの仕事は順調でしたか。

「ジャック(ブラバム)が1970年に引退した後はロン・トーラナックを中心に運営されていたが、あるときバーニー・エクレストンという人物が現れた。彼らはまったくソリが合わず、72年にロンはバーニーへ株式を売却してチームを去り、その年はBT33/34/37という3台を走らせたが最低のリザルトしか残せなかった。ポイントは7点どまりで、バーニーから『こんな状況はうんざりだ。他のデザイナーは全てクビにしたから、キミがチーフデザイナーとなりまったく新しいマシンを作ってくれ。その際、これまでのマシンのパーツは一切使ってはならない』と言われたよ」

──そんなBT42ですが、他チームのマシンから着想を得たことはありますか。

「他のマシンを見渡したが、すぐに我が道を行くしかないと決めたよ。当時、燃料はマシンの両側にあるタンクに入れられていたが満タンから空になっていくと重心が2〜3%移動するため、レース中にハンドリングが安定しなくなるという問題があったんだ。そこで私はドライバーをより前方に移動させ、燃料の1/3をシートの背後に配置することにした。それなら重心の移動は1%に留まった」

──空力面はどうでしたか。

「フォーミュラは多くの空気がマシンの下に入るため、発生した揚力を打ち消すためのウイングを付けなければ実質的なダウンフォースを得られないでいた。そのため私はシャシーの下部にできるだけ空気が入らないようなマシンを作ろうと決め、低いスクープのようなノーズと両側の三角形デザインを思いついた。これで他のマシンよりもウイングを小さくすることができた。さらにBT44では空気をさらに排除するため、マシンの底面にV字型のグラスファイバー製のパーツを取り付けた。するとダウンフォースは100ポンド(45㎏)も増加したよ」

──それは風洞が一般化する前の話ですよね。

「もちろん。BT42と44を見てもらえれば、マシンの面積が他のマシンよりとても小さいことがわかるだろう。ホイールベースが短く、トレッドが狭くとても軽量で、剛性もある。ドライバーも高い評価をしてくれたよ」

──その後、あなたの役割は変化しましたか?

「74年にバーニーから『キミが設計チームを運営しているのだから、テクニカルディレクターに任命する』と言われた。それで私は27歳にして、チーム運営における予算以外のすべての部分を担当することになった。テクニカルディレクターの良い点はデザインや開発、テスト、生産と一連のすべてを掌握できることだ。モノコックをもっと早く作ることが必要だと思えばすぐ着手でき、パーツやシャシーのテスト、スタイリング、デザイン、エンジニアリングにも関与して、同時に製図をすることもできる」

──ブラバム時代、もっと多くのタイトルを獲得できたと思いますか。

「76年にエンジンをアルファロメオに替えなければ、前年までのBT44はあと2、3年使えたはずで、結果も大きく違っていただろう。アルファエンジンは燃費が悪く重かったため大幅に妥協するしかなく、BT45は本当に悪夢だったよ。BT46で多くの問題は解決できたが、グラウンドエフェクトカーの登場によってまた窮地に立たされた」

「そこで我々はレギュレーションを繰り返し読み、後部にファンを装着するアイデアを思いついた。弁護士にも相談して、100枚以上の新しい図面を引き、新たなクラッチやギヤボックスまで開発してBT46B(ファンカー)は誕生した。あれはすべてが非常に難解だったが、そのご褒美としてスウェーデンGPでデビューウインを飾った。これでシーズンの残り全レースで勝てると思ったのに、ライバルからの抗議を受けたFIAのCSI(国際スポーツ委員会)から即刻使用禁止にされた。私はF1とはそういうものだと思ったよ」

「79年の終盤にはDFVにチェンジしたBT49を投入し、81年には改良を加えたBT49Cでネルソン(ピケ)が王者になった。翌年のBT49Dは当時のグラウンドエフェクトカーのなかで最もダウンフォースがあったと思う。なんせ予選用タイヤで5.5Gを得ていたからね。なのにシーズン途中でBMWエンジンに変更され、連続王座を取り逃がした。私の人生はそうしたことの連続だった」

──86年末、マクラーレンへ移籍してからはいかがでしたか。

「当時のマクラーレンには完全なデザイナーがいなかった。スティーブ(ニコルズ)は意思決定ができず、まったく使い物にならなかった。一方ニール(オートレイ)は素晴らしいエンジニアで、88年のマシンを開発する際は一緒にMP4/3を調べて、完全に新しいものを作らなくてはならないという考えで一致した」

「そこでブラバム時代のBT55のアイデアを生かし、重心を可能な限り低くしてドライバーのシートもかなり寝かせた。ホンダも小型のクラッチを採用することでエンジンの高さをさらに下げてくれ、ドラッグを大きく軽減させられた。それは7%くらいだったと思うが、私の計算では少なくとも1周あたり1秒の差と大きな前進になった。そこから3年連続でタイトルを獲得できたし、私はF1から身を引いてロードカーのデザインをすることにしたんだ」

──F1デザインにおいて「スタイリング」を積極的に意識していましたか。

「もちろんしていたが、それはレーシングカーのデザイナーとしてはとても珍しいことだよ。私は子どもの頃から美的感覚が鋭くて、美術の分野で奨学金を得たこともある。たぶん私はクルマのスタイリングもできる唯一のメカニカルエンジニアだったんじゃないかと思っているよ(笑)」

──レーシングカーをデザインする時、エンジニアリング、空力パッケージ、レギュレーション、スタイリングをどのように順位づけますか。

「一番目がパッケージ、次がエンジニアリングだ。レギュレーションは全体に影響を及ぼすからもちろん早い段階で意識するよ。スタイリングはレーシングカーでは順位に入らないが、その他の部分に一切影響を与えないなら、カッコいいことに越したことはないよね」

(中略)

──チャンスがあれば、またF1カーをデザインしたいと思いますか。

「興味はあるが、1000人規模のチームには決して加入したくはないね。私がマクラーレンに加入した頃のデザインチームは8人くらいだったのに、今はデザイン部門だけで200~300人もいて分業制ですべてを担当できないからだ。現在F1のデザインオフィスで働く若者はマシン全体を見たことがないという点も恐ろしいね。

──今年のF1レギュレーションをどう見ていますか。

「実は約7年前に雑誌の企画でF1をもっと面白くする、経費を削減する、そしてオーバーテイクしやすくするためには何が必要かという取材を受けたんだ。そこで私は『タイヤは18インチ、ダウンフォースを増やしてオーバーテイクしやすくするため小さなバージボードやその他の細かいデバイスを排除するべき』と提言した。今年、ようやくFIAもその方向に進み出している」

「ただ私がコスト低減について指摘した、すべての無線を禁止してドライバーをレースに集中させる、テレメトリーの量を減らす、ということについては何も行なわれていない。実現すればファクトリーにいるチームスタッフを150人から10人に減らすことが可能になるのにね」

(以上)

マーレイ近影。現在は「ゴードン・マーレイ・オートモーティブ」を主宰。
マーレイ近影。現在は「ゴードン・マーレイ・オートモーティブ」を主宰。
2年前に発表し市販化が進むロードカー「T.50」はファンカー方式。
2年前に発表し市販化が進むロードカー『T.50』はファンカー方式。

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『レーシングオンNo.517 特集 F1デザイン論』本編では、マーレイがF1デザイナーを志した経緯やブラバム加入時のエピソード、さらにロードカー処女作にして世界最高の評価を得た革新的なスーパーカー「マクラーレンF1」を題材にロードカーとレーシングカーにおけるデザインの優先順位の違いなどについても詳しく語っている。F1ファンならずともクルマ好きならば必読といえる内容だ。

サンエイムック『レーシングオンNo.517 特集 F1デザイン論』
サンエイムック『レーシングオンNo.517 特集 F1デザイン論』

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