10月27日に競技最終日を迎えたWRC世界ラリー選手権第13戦スペイン(ラリー・エスパーニャ)で、オット・タナクが15年に渡るフランス人統治の時代を終わらせた。ノルウェー公ペター・ソルベルグとの戦いに勝ったセバスチャン・ローブは、2004年から世界王者として君臨。以降9年間絶対王制を保った。そのローブを破り新王者となったセバスチャン・オジエは、WRCを6年間支配下に置き続けたが、ついにエストニア人が歴史を大きく動かした。
ラリー・エスパーニャの最終日、トヨタのタナクは総合3番手に着けていた。首位は選手権を争うティエリー・ヌービル、総合2番手は地元ダニ・ソルドとヒュンダイ勢が並ぶ。
ヌービルとは24秒以上離れており、逆転は不可能に近いが、ソルドは攻略可能な範囲。しかし、タナクは仮に総合3位でフィニッシュしても、最終戦オーストラリアを普通に走ればタイトルを手にできるポイント差だ。リスクをとってまで2位を狙う必要はない。
実際、ソルドは最終日も安定して速く、最終SSを迎えた時点で総合3番手タナクと総合2番手ソルドの差は5.8秒に開いていた。
残る約21kmのステージで、5.8秒差をひっくり返すことは難しい。通常ならば追撃を断念する状況である。だが、タナクは心に決めた。「リスクをとってでも攻める」と。タイトル決定を最終戦に持ち越したくない。最終SSは最大5ポイントのボーナス獲得が可能なパワーステージ。トップタイムを出せば、確実に勝負を決められる。
ミラクルなアタックだった。6番手タイムに終わったソルドを、6.1秒も上回る圧巻のベストタイム。最後の最後で、タナクは今大会最高の走りを見せた。手にしたのは5ポイントのボーナスだけでない。0.4秒差でソルドを逆転し、総合2位でフィニッシュ。その瞬間、最終戦オーストラリアを待たずして、タナクが2019年のワールドチャンピオンとなることが決まった。
フィニッシュラインで待っていたオジエが、そしてローブが次々と握手を求め、新王者の誕生を祝福。タナクの眼にはうっすらと涙が滲んでいるように見えた。
「大きなプレッシャーを感じて戦った週末だった。もちろん、これまでもプレッシャーを抱えて戦ったことは何度もあったが、今回はレベルが違った。ラリー前から『タイトルへのプレッシャーはあるか』と何度も質問され、まったくリラックスできなかった。それもあって、初日の金曜日は自分の走りができなかった」とタナク。
確かに、今回のタナクにはいつもの速さがなかった。しかし、最終的には本来のリズムとスピードを取り戻し、自力でタイトルを勝ち獲った。新しい時代の王者にふさわしい、堂々たる勝負だった。トヨタにとっては、1994年のディディエ・オリオール以来となる世界王者輩出。トヨタとタナクの黄金期が始まる……のだろうか?
表彰式で、ライバルチームの新王者を満面の笑みで迎え、ハグしたのはヒュンダイのチーム代表、アンドレ・アダモだった。タナクのヒュンダイ移籍……その荒唐無稽に思われた噂話が、一気に真実味を増した瞬間だった。