あらゆるタイプのレースにおいて成功できるドライバーについて考えると、いくつかの名前が常に浮かんでくる。1962年・1968年のF1チャンピオン、グラハム・ヒル、そして1978年のF1ワールドチャンピオンであり、インディカーでも4回のチャンピオンを獲得したマリオ・アンドレッティが最も人気のあるふたりだろう。
また、ラリーやスポーツカーやF1、そしてデイトナ500で優勝したビック・エルフォードのようなドライバーも非常に多才だ。しかし多才ということならば、ナンバーワンのドライバーはジャッキー・イクスだ。ベルギー出身のイクスは、F1とル・マン24時間で優勝し、またバサースト1000でも勝利を飾っている……。
そして今回のコラムで最も重要なことには、彼はパリ-ダカールラリーでも優勝しているのだ。最近、もうひとりのドライバーが同様のやり方で歴史を刻みたいと決意した。当然のことながら、ダカールラリー初参戦で13位につけたフェルナンド・アロンソのことである。
アロンソのF1における業績は十分に知られている。2度の世界タイトル獲得に、長年の間に達成した数々の勝利だ。彼はまた、ル・マン24時間で2度の優勝を飾り、2018年/2019年シーズンのFIA WECタイトルを獲得している。アロンソはインディ500にも2度挑戦しているが、2019年は予選を通過することができなかった。
だが2020年はダカールラリー参戦を決めたことで、人気ドライバーであるアロンソのプロとしてのキャリアにおける最大の挑戦で始まった。アロンソは耐久レースへの参戦を辞めた後も、トヨタとの協業を拡大していただめ、ダカールラリーでもトヨタと組むことになった。
アロンソは当初、口に出さないまでもダカールラリー参戦を一度きりのものと考えていたようだ。ダカールラリーは楽しみのために参戦するのであって、アロンソは優勝するチャンスがあるとも思っていなかった。
元F1ドライバーのアロンソはダカールで苦戦することになるだろうと考えられていたのだ。しかし実際に起きたのは正反対のことだった。13位というのは非常に特別な結果には見えないかもしれない。だがルーキーにしては良い結果であるし、まずサスペンションが壊れたときと、その後アロンソが横転したときに失ったタイムを考慮すれば、とても素晴らしい順位だろう。実際のところ、この3時間半のロスタイムがなければ、ダカール優勝経験者のジニエル・ド・ビリエールに近いところまでいけたはずなのだ。
アロンソのペースは常にトップ5に比較的近いものだった。また、アマチュアドライバーのマシュー・セラドリがステージ優勝を飾るという稀な結果の出た日であったとはいえ、アロンソはあるステージでは2番手につけていた。
彼がうまくやっていた理由の一部は、もちろん優れたマシンがあったからだ。マニュファクチャラーからの支援を受けているドライバーは多くないので、その点でアロンソには大きなアドバンテージがあった。