“ヤマケン”が世界への第一歩を踏み出した。
7月17日、トヨタは中嶋一貴、小林可夢偉に続くWEC世界耐久選手権 LMP1ドライバーを育成するため、山下健太をチャレンジドライバーに選出すると発表。それから1週間もしないうちに、山下はスペインのカタロニア・サーキットでオレカ07のステアリングを握っていた。
山下の受け入れ先はハイクラス・レーシング。今年のル・マン24時間でLMP2クラス11位に入った、デンマークの中堅チームである。山下はこのチームとともに来る新シーズンに挑むことになり、カタロニアで行なわれたWECの公式テスト“プロローグ”が、最初の走行機会となった。
「WEC参戦の話を最初に聞いたのは、今年のGT(第1戦)岡山でした。LMP2に何年間か出てみて、良ければステップアップできるかもしれないし、ダメだったら乗れないかもしれない、『それはお前次第だ』と言われました」と山下。走行前日、Tシャツ短パン姿で灼熱のコースを歩いた山下は、普段と変わらずひょうひょうとしていた。
WECにフル参戦するとなると、現在山下が参戦するスーパーフォーミュラ、そしてスーパーGTとのバッティングが懸念される。
「まだどうなるのか決まっていませんが、スーパーGTは無理かもしれませんね。GTもSFもまだチャンピオンを獲っていないので、獲るまでやりたいという気持ちはあります。でも、こういう貴重なプロジェクトの中に入れてもらえたので、次のシーズンはやはりWECが最優先です」
山下によれば、来年以降は生活拠点を海外に移す可能性もあるようだ。そうなると重要なのは、語学力だ。
「運転に関しては自信がありますが、英語は全然自信がなくてスーパーカタコト英語です。まだまだこれからですが、その間に2年、3年過ぎたら終わっちゃうんで、相当一生懸命やらなければ」と山下。
TDP(トヨタ・ヤング・ドライバーズ・プログラム)ドライバーはTOEICのテストを毎年受けなければならず、山下も数年前と比べれば英語力はかなり向上している。
それでも「耐久レースではレース中のコミュニケーションや、無線でのやりとりが重要になると思うので、もっと慣れないといけないと思います」と、危機感を抱いているようだ。
さて、肝心のプロローグテストだが、山下はカタロニア・サーキットで2日間しっかりと走り込み、4つのセッションのうち3つでチーム内トップのタイムを出した。ドライバーごとのベストタイムでは、LMP2全選手の中で10番手。中堅チームのマシンであることや、現状劣勢であるグッドイヤータイヤを履いていることを考えれば、上々の結果といえる。
最初の走行を終えマシンから降りてきた山下をチームは「いい走りだったぞ」と笑顔で出迎え、山下はあっという間にチームに溶け込んだ。
「最初に乗った時から違和感はなく、コースも別に難しくなかったので10周くらいしたら普通に走れるようになりました。クルマはGT500よりも遅いですが、軽く動きはシャープでフォーミュラ的。少し重いF3のような感じで、とても乗りやすいクルマです」
ごく短い時間でコースにもクルマにも慣れたのは、この先のことを考えるとポジティブな材料といえる。
また、グッドイヤー製のタイヤに関しては「市販されている平均的なタイヤという感じです。スーパーGTのタイヤは性能がトガッていますけど、そうではなくて普通に走れる。タイヤウォーマーも使えるので1周目の最初のコーナーからグリップするし、楽ですね。スーパーフォーミュラのミディアムとソフトの間くらいのフィーリングで、このクルマなりのグリップは感じられます」と印象を述べた。
LMP2での参戦ということは、トヨタTS050を始めとする格上のLMP1勢にオーバーテイクされる立場となるわけだが「富士のスポーツ走行でハチロクのワンメイク車両に乗っていると、めっちゃ速いGT3に抜かれたりするので、それと変わらないです。むしろ、WECよりもそっちの方が速度差が大きいと思う。だからうしろからトヨタが来ても、別に何とも。向こうの方が加速がいいだけで、(コーナーなどは)そんなには変わりません」と、余裕が感じられた。
山下のLMP2初テストはとても順調に終わった。ドライビングに関してはまったく問題なさそうだが、山下も言うように課題は英語でのコミュニケーションだ。
それでも「チームはエンジニアも含めてみんなとても親切で、いろいろ気を遣ってくれています」というように、いまのところ環境は非常に良さそう。実践こそ最大のトレーニング。これからチームと仕事を進めていけば、山下の英語力はさらに向上し、言葉の壁はなくなるだろう。
山下にとっての初戦は、9月の開幕戦シルバーストン4時間。ヤマケンのワールドチャレンジが、間もなくスタートする。