6月29日(水)発売のオートスポーツNo.1574はル・マン特集。2022年ル・マン24時間レースのレースレポート、トヨタGR010ハイブリッド関係の企画、実戦登場目前のプジョー9X8最新情報だけでなく、そのリヤウイングレス・コンセプトの異端ぶりに敬意を表して、過去の“異端車”を特集しています。独創的な車両で参戦できるのがル・マンの特徴。強く印象に残っている4台を紹介しています。その中から、一部を先出しします。
1991年、日本の自動車メーカーとして初めてル・マン24時間優勝を達成したマツダ787Bについてのお話。企画内では4ローター・ロータリーエンジンの開発過程を追っています。マツダスピードでPRオフィサーを務めた三浦正人さんの執筆だけに、組織内部のことなど、これまで明かされていない内容ばかりです。その中でも衝撃的だったのが30年経過して2022年に発覚した事実があること。原稿内容を証明する“証拠写真”とともに掲載させていただきます。
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■興奮した観客がホームストレッチを埋め尽くす
1991年ル・マンにおけるジョニー・ハーバート/フォルカー・バイドラー/ベルトラン・ガショー組55号車マツダ787Bは、マツダ陣営が描いたとおりの展開でレースを遂行し、『勝つためのシナリオ』最終版が弾き出した優勝確定周回数363周をほぼパーフェクトに達成した。
実際に走破したのは362周だったが、それはマツダ787Bの勇姿に興奮した多数のファンがグランドスタンドの壁を乗り越え、レース終了予定の5分前にはホームストレッチ上にまであふれ出したことにより、やむなく競技長が4時を待たずしてチェッカーフラッグを振り下ろしているためだ。つまり、55号車はあと1周走ることができたのである。
“優勝エンジン解体ショー”でそれは起こった
奇跡のル・マン優勝を果たしたマツダとマツダスピードは、R26B型4ローター・ロータリーエンジンの性能を内外に示すため、1991年7月に横浜技術研究所(現在のマツダR&Dセンター横浜)にジャーナリストやメディアを集め、公開エンジンオーバーホールを実施した。多くの視線が集まるなか、787B-002シャシーから降ろされたエンジンは、組み立てたエンジニアたちによってていねいに分解されていく。ECUデータからエンジン内部には何の問題もないことが分かっていたため実施できたメディアイベントだった。
この機会を提案したモータースポーツ主査の小早川隆治はマイクを握り、「どうですか、皆さん。ル・マン優勝を果たしたマツダR26Bの内部は新品同様の輝きを放っています。ローターや心配したアペックスシールの摩耗もほとんどありません。このままあと24時間走り続けることができると言えるでしょう」と胸を張った。
しかし、ひとりのエンジニアは取り出したエキセントリックシャフトのひとつのロータージャーナルに異変を発見していた。そこには軽量化とバランス調整のためあけられた3カ所の穴がある。こともあろうか、そこにクラックが入り、3カ所の穴がつながっていたのだ。彼はとっさに手で隠し、それが分からないように角度を変えて部品皿の上に置き直したという。
あの優勝から30年が経過した今年6月、オンラインで開催した関係者による思い出を語る会で、彼は初めてその事実を明かした。それが何による事象なのかは定かではない。しかし、想定していたあと1周を走り切れたかどうか、それもまた不明である。
あの時ホームストレッチを埋め尽くした群衆こそが“勝利の女神”だったのかもしれない。
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エキセントリックシャフトはレシプロエンジンであればクランクシャフトに相当する重要部品。クラックが進行すればシャフトは破壊され……。実は薄氷の上の勝利であったことが30年経過して発覚したというのもすごい話です。写真はそれを証明しています。チェッカーフラッグが振られているタワー横の時計は16時を指し、コース上は観客で埋め尽くされています。
オートスポーツNo.1574にはル・マンと取り巻く過去、現在、未来を詰め込みました。個人的に大きな発見だったのが、ル・マン・ハイパーカー(LMH)に空力効率を示すL/Dに規定があり、それに沿ってプジョー9X8が開発されている点です。
つまり、リヤウイングレスは無謀な挑戦ではなく、規定をベースにコンセプトが組み立てられており、デビューのWEC第4戦モンツァにも、コンセプトモデルのイメージそのままの姿で登場するようです。
来年のル・マン24時間レースへの参戦を表明しているハイパーカーは7車種!(LMH:トヨタ、グリッケンハウス、プジョー、フェラーリ、ヴァンウォール/LMDh:ポルシェ、キャデラック) 来年以降のル・マンは、近年にない盛り上がりが期待できます。ハイパーカー群雄割拠時代の予習をぜひ本誌でどうぞ。