2019年シーズン5人目の勝者となった平川亮(ITOCHU ENEX TEAM IMPUL)は、待ち受けるファンやカメラマンの期待に反し、勝利の喜びを爆発させることなくヨロリとクルマから降り控えめに両手を上げた。「暑くてちょっとフラフラしていたので。途中、暑さで意識が飛びそうでした」と平川。気温37度、路面温度49度という酷暑のレースで、しかし走りは最初から最後まで極めてクールだった。
スーパーフォーミュラ参戦5シーズン目での初勝利。その天性のスピードを考えれば、遅過ぎた優勝である。
「もちろん嬉しいですが、それよりもホッとした気持ちの方が大きいですね。これまで支えてくれた家族、ファンの皆さん、スポンサー、チームに感謝しています」という言葉は、やや形式的ではあったが、しっかりと気持ちが込められていた。
チームインパル初年度の昨年は、優勝こそなかったが表彰台に2回立ち、2年目の躍進を予感させた。
しかし、新たにSF19と共に踏み出した今シーズンは、平川にとって過去にないほど厳しい前半戦となってしまった。リタイア、14位、11位、12位。まさかのゼロポイントに、平川はネガティブな気持ちから抜け出せなくなっていたという。チームに見放されても仕方のない状況だったといえる。
しかし、第4戦富士を終え、チームは平川の復活に全力で取り組み、捲土重来を期した。本人の要望をできる限り聞き入れ、仕事の進めかたや体制などを見直したのだ。しかし、もしそれでも結果が出ないようであれば、ドライバーとしての評価を大きく下げる可能性もある。
それゆえ、平川にとって今回のもてぎ戦は、ある意味背水の陣に近い状況だったのだ。「ホッとした」という言葉の裏には、そういった重圧からの解放もあったに違いない。
平川への支援強化の一環として、インパルはレースエンジニアの変更という“大手術”も実践した。これまでデータエンジニアを担当してきた大駅俊臣と、レースエンジニアを務めてきた中村成人のポジションを入れ換えたのだ。
SF14ファイナルイヤーの昨年、中村と平川のコンビネーションはうまく機能していた。しかしクルマがSF19に変わって以降、フォーカスが微妙に合わないことが多くなったという。
そこでチームは、分析的な仕事を主とするデータエンジニアに中村を据え、いろいろなレースで多くの場数を踏んできた大駅を、レースエンジニアに抜擢することにした。
まったく同じ素材を使ったとしても、火入れや調味料の投入手順によって、できあがる料理の味は大きく変わる。その化学変化を、チームは狙ったのだ。
野球に例えるならばドライバーはピッチャーであり、レースエンジニアはキャッチャーである。経験に裏打ちされた自信に満ちたリードが、ピッチャーの心を落ち着かせ、最高の球を投げさせる。
大駅の豊富な実戦経験が平川の心から不安要素を取り除き、本来の速さを発揮させられるのではないかとチームは期待したのだ。そして、その読みはピタリと当たった。
予選2番手から上々のスタートをきった平川は、ポールスタートで首位を守ったアレックス・パロウ(TCS NAKAJIMA RACING)との距離をうまくとりながら、燃料とタイヤをセーブした。
タイヤは同じソフト、戦略も同じ1ピット作戦に違いない。計算上では、昨年と同じ2ピット作戦でも行ける。しかし、同じストラテジーで正面からパロウに勝負を挑もうと決め、1ピット作戦を選んだ。
唯一読めないのは、相手が燃料をどの程度積んでいるかだ。やや少なめでスタートした平川は、序盤パロウに少し遅れをとった。
しかし、5周ほどで差が縮まり始め、パロウが満タンスタートであるとチームは確信した。ならば同じペースで周回していては、早いピットインを余儀なくされオーバーカットは不可能になる。早めに仕掛けて前に出ないと勝機を失い、ミディアムタイヤスタートを選んだ後方の選手に食われる可能性もある。
そこで大駅は無線で平川に伝えた。「チャンスがあったら抜いちゃって」と。「了解」と平川は短く答え、パロウ攻略にモードを切り替えた。
「あまりにも相手が遅かったので抜くことにしました。でも1回目はダメで、タイヤを使ってしまったので、2回目はすぐには行かず、ちょっと距離を離して速くないような雰囲気を出してから一気に仕掛けた。相手に気づかれないようにヘアピンで距離を詰め、ダウンヒルで横に並び、2ワイドで90度に入り、そして抜きました」と平川。その鮮やかなオーバーテイクを境に、以降は平川がレースを支配する立場となった。
37周目、燃料にややマージンをもって予定どおりピットに入り、ソフトからミディアムに交換。後方からは2番手に浮上した小林可夢偉(carrozzeria Team KCMG)が、同じミディアムながら尋常ではないペースで迫っていたが、平川はまったく動じなかった。