26ポイントという大差をつけてのチャンピオン。数字だけをみれば、36号車au TOM’S GR Supra(坪井翔/宮田莉朋)が圧勝のシーズンだ。しかし、実際の実力は高いレベルで伯仲していた。期待と責任という、見えない重圧との戦いもあった。そのなかで『ベストを尽くした』ライバルを超える、真の強さを備えていたのが36号車だった。

 12月1日発売のauto sport臨時増刊『2023-2024 スーパーGT公式ガイドブック総集編』では、限界超えの戦いを振り返る。ここでは、その一部を抜粋してお届けする。

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 捲土重来の戦い、もてぎに極まれり。2023年のスーパーGTは、1度地獄を見た者たちによる再生の物語が紡がれたシーズンだった。最終戦もてぎにタイトル獲得の権利を持って臨んだ3台、すなわち36号車、3号車Niterra MOTUL Z(千代勝正/高星明誠)、そして16号車ARTA MUGEN NSX-GT(福住仁嶺/大津弘樹)は、いずれも1度は大きな挫折を経験し、そこから失地回復を目指し最終決戦へと駒を進めた。そして、最終的には真の強さを備えたauスープラが存分に力を発揮し、王座をつかみ取ったのだった。

 オールスターチームの誕生。2023年シーズンの開幕を前に、特に大きな注目を集めたのは36号車auスープラと、8号車ARTA MUGEN NSX-GT(野尻智紀/大湯都史樹)の2台だった。36号車には、2021年のチャンピオン坪井翔のチームメイトとして、2022年にKeePer TOM’S GR Supraをドライブしていた宮田莉朋が加入。トヨタのドライバーのなかでは、最も実力のアベレージが高いと思われる陣営が誕生した。実際、auスープラの吉武聡エンジニアは「彼らふたりを預かってチャンピオンになれなかったら、それはクルマ側の責任になってしまう。非常に大きなプレッシャーを感じています」と、第2戦富士で語っていた。

 その第2戦富士で36号車は、パーフェクトともいえる戦いで優勝。開幕戦岡山での『トラウマ』を乗り越えた。岡山での彼らは予選10番手に沈んだが、雨に見舞われたレースで本来の強さを発揮。『雨を誰よりも得意とする』と誉れ高い坪井が第1スティントで果敢に追い上げ、首位に立った。

 雨脚の強さがバリアブルだったこのレースでは、各タイヤメーカーのウエットタイヤの個性が見え隠れした。そのなかでも、他とは大きく異なる特徴的なパターンを備えたミシュランは、水量が比較的少ない路面で抜群のグリップを発揮。23号車MOTUL AUTECH Z(松田次生/ロニー・クインタレッリ)と3号車のワン・ツー・フィニッシュに大きく貢献した。一方、36号車が履くブリヂストンは水量が多い路面でミシュランを上回るパフォーマンスを示し、水の量によって各車のパワーバランスが変わるという、興味深い戦いが繰り広げられた。

 トリッキーなコンディション下でも安定した戦いを続けていた36号車は、宮田に交代すると僅差の2番手で首位浮上のチャンスをうかがっていた。FCY(フルコースイエロー)、セーフティカー、落雷による赤旗中断。悪天候が幾多の不確定要素を生み出したが、スリックからウエットに交換した時点で首位に立っていた36号車は、雨脚が強くなるなかで優勝を手にできる条件がそろっていた。ピット作業のミスにより左フロントのホイールナットがピットレーンを出た直後に緩みきり、走行不能となるまでは……。

 しかし、彼らの立ち直りは非常に早く、第2戦富士で優勝。適切なタイヤを選び、決勝で強いクルマを作り上げ、そのパフォーマンスをふたりのドライバーが遺憾なく引き出した。そして、メカニックたちも完璧な作業を遂行した。「普通、失敗した後は『置き』にいくと思いますが、逆にメチャクチャ攻めた。第2戦のタイヤ交換時間は、それまでの自分たちのベストだったんです。給油もタイヤ交換も速く、本当は1回目のピットで一度後ろに下がると思っていましたが、トップで戻れたので『これは勝ったな』と思いました」

■勝機を手繰り寄せた総合力

 36号車auスープラはオートポリスでの勝利により、最終戦もてぎでは、最大のライバルである3号車二テラZに対し余裕のある戦いを展開することが可能になった。もはや優勝する必要はなかったが、3号車がポールポジションから逃げの態勢に入ったことから、2位に入らなければ逆転を許すという状況だ。

 絶対にミスは許されない、しかし前を走る2番手Astemo NSX-GT(塚越広大/松下信治)を抜かなければならない。第1スティントを担当した坪井は、しばらく松下の背後で機をうかがっていたが、23周目ついにオーバーテイク。それは、ハンター坪井の力量がフルに発揮された瞬間だった。「自分のスティントで抜いて、宮田選手につなげたかった」という坪井の言葉には、2021年王者としての矜持が感じられた。

 ランキングトップに立った36号車を7ポイント差で追う3号車は、非常に安定したシーズンを送ってきた。彼らにとっての再生ストーリーは、前年の最終戦もてぎを基点とする。ランキング首位で決勝をスタートした千代勝正は、1周目にライバルと接触。ドライブスルーペナルティによりタイトル獲得の可能性を喪失した。しかし、地獄を見た千代はその悔しさを糧として大きく成長し、2023年を力強く戦ってきた。開幕戦岡山では雨のレースで2位を獲得。その後も着実にポイントを積み重ね、やはり雨となった第4戦富士ではシーズン初優勝を飾った。

 2022年シーズンに自らのミスでタイトルの可能性を逸した千代は、まずポールポジションを獲得。さらに、担当する第1スティントをミスのない走りでまとめあげ、前年の苦い記憶を払拭。実質トップで高星明誠にステアリングを委ねた。加入2年目の高星も非常に落ち着いた走りで優勝への道程を順調にたどっていたが、突然の強い雨が彼の足もとをすくった。高星はS字でこらえ切れずスピン、コースオフを喫し首位から陥落するとともに、わずかに残されていた逆転王者への可能性を失うことになった。

 高星が履くスリックタイヤがハードコンパウンドであり、一気に水量が増えた路面でコントロールが難しかったことは事実だろう。しかし、後方からジワジワと差を縮めてきた宮田からのプレッシャーが、高星のミスを誘ったのも確かである。宮田もまた暴れるマシンと格闘していたが、コース上に何とかとどまった。それこそが現在の宮田の卓越したスキルを示すものであり、最後はドライビング勝負を制して優勝とタイトルを勝ち取ったかたちだ。

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『2023-2024 スーパーGT公式ガイドブック総集編』では、このほかにも2023年シーズンで活動の節目を迎えた立川祐路、GT500のミシュランタイヤ、ホンダNSX-GTに着目した『─それぞれのラストシーズン─』、GT500テクニカルレビュー『Controlled Next Future 制御された、次の未来。』、GT300シーズンレビュー『大混戦の始まり、一騎打ちの終結』なども収録されている。

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