柿元邦彦著『GT-R戦記』一部抜粋連載その3。
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『鬼手仏心』苦しいドライバーとの契約更改
勝つためにはドライバーの能力に頼るところも大いにある。レーシングカーというマシンと違い、心や感情を持っていてそのメンタルの強さもそれぞれのドライバーによって異なる。いくら速く、安定したドライバーでも『安心、慢心』という心の敵が勝れば、結果としてドライバー自身の地位をも脅かすことになる。
それはいくら言葉で指摘、指導しても心の持ちようだから、精神的に追い込まれるような状況に置かれないと改善は難しい。その解決方法のひとつが後継の若手ドライバーを育成して、レギュラードライバーのシートを脅かすことである。
その緊張感が『安心と慢心』を心から取り除いてくれて、好成績につながる。それでもより速く、安定した若手が出てくればシートを失ってしまうので、残酷な世界であるが自らもそうして先輩を追い越してきたわけだし、この世界に入る時に覚悟もしていたはずである。
だから全チームのドライバー契約に関わってきた総監督として、シーズンオフの契約更改では苦しい思いをした。契約金を下げたり、勝てる可能性の高いチームから他への移籍で抵抗するドライバーもいた。しかし我輩からみればそれはたいした問題ではなく、シートを準備できないドライバーをどう処遇するかで頭が痛かった。
『鬼手仏心』という言葉がある。
レギュラードライバーに対する余計な温情主義は将来性のある若手ドライバーの芽を摘み、夢も壊し、チームとしての成績にも影響する。従ってドライバーの選抜や処遇は『鬼手』、即ち私情を排し冷静に客観的に判断する。
一方で、シートを失ったドライバーには今までの貢献にも配慮して、『仏心』、即ち違う形でドライバー生活が成り立つようにする。この『鬼手仏心』に心掛けてきたつもりだが、ここにも人それぞれの心情が働くから、当然不満や恨みに類する気持ちを持つ人もいるだろう。我輩の不徳の致すところである。