更新日: 2020.11.13 15:22
同門ライバルの協力が勝利につながったARTA。データの共用により決勝での戦闘力を高めたNSX勢。
ゆっくりとクルマを降りた福住仁嶺は、ヘルメットを脱ぐことなくARTA NSX-GTにもたれかかり、しばし微動だにしなかった。その福住の懐に勢いよく野尻智紀が飛び込み、若きチームメイトをかたく抱きしめた。
無邪気に喜ぶふたりの姿は、まるで甲子園を制した高校球児バッテリーのようだった。ヘルメットを脱ぎ去り、ブリヂストンのウイナーズキャップを被った福住はこぼれ落ちる涙を、野尻は笑顔を止めることができなかった。
待ちに待った今季初勝利。3回のポールポジション獲得でも登頂できなかった、ポディウムの最上段。ついに、いや、ようやくそのときが訪れた。色づき始めた秋の木々に負けない鮮やかさを誇る蛍光オレンジのARTA NSX-GTが、NSXにとって、ホンダにとっての「ホームコース」であるツインリンクもてぎを制覇した。
しかし、速く、強かったのはARTA NSX-GTだけではない。Modulo NSX-GT、RAYBRIG NSX-GT、Red Bull MOTUL MUGEN NSX-GT、KEIHIN NSX-GTと、じつに5台のNSXがリザルトの上位を独占した。NSXは予選でもトップ3を占めるなど週末を席巻。スーパーGT第7戦もてぎは秋のNSX祭りとなり、3台がタイトル獲得に望みをつないだ。
「鈴鹿もそうですが、ホンダのホームコースで負けているクルマを作るわけにはいかなかった」と、NSXの車体開発責任者である徃西友宏氏は安堵の声で完勝のレースを振り返った。開幕戦の富士では、GRスープラがトップ5を独占。ホンダにとっては悪夢ともいえるシーズンの始まりに感じられただろう。
彼らが「開幕戦のあの絵柄」と呼ぶトラウマを払拭するためには、チームやタイヤの垣根を越えてセッティングデータの共有を推し進め、NSXの戦闘力を底上げする必要があった。そして、今回のもてぎでその共闘体制がついに結実した。
「ホンダ勢のなかで、NSXのセッティングの方向性を最初に示したのはケーヒンだったと思うし、彼らのセットアップのいい部分をかなり参考にさせてもらいました。僕たちだけでは優勝できなかったかもしれないし、NSXがトップ5独占というのもなかったと思います。ライバルでもある彼らがどう思うかは分かりませんが、少なくとも僕自身は感謝しています。もっとも、すべてのチームがデータを共有できたからこそ、NSXの力が全体的に底上げされたのだと思いますが」
記者会見終了後、野尻は同門ライバルの協力に対し素直に感謝の言葉を述べた。今年、NSXはMRからFRへと大転換を果たし、制限が大きいClass1+α規定もあって開発は試行錯誤で進んだ。
各チームがそれぞれの考えでセットアップを進めるなか、ARTA NSX-GTは富士の開幕2戦で予選2位、1位と一発の速さを示した。しかし、決勝ではその速さが結果に結びつかずリザルトは低迷。課題として、タイヤのグリップバランス変化とウォームアップの遅さが浮かび上がったが、このふたつの現象は根底でつながっている。さらにいえば、ドライビングミスを誘発した原因でもあった。
「僕らのクルマは、バランスが前寄りでした。ダウンフォースの出方に関しても、データ上は前後ともしっかり出ているということだったのですが、乗ったフィーリングとしてはそう感じられなかった。僕の乗り方が悪いのかなとも思いましたが、どうしても前寄りに思えて、そこをどうにかしたいとチームに言い続け、変えてもらったんです」と野尻。
グリップバランスが前寄りの状態だと、前輪の接地が高まりアンダーステアは出にくいが、リヤは軽くなる。フレッシュタイヤで臨める予選では、きちんとウォームアップすれば一発はピークグリップでリヤを補うことができる。
多少バランスが前寄りだとしても、アンダーステアが出ずによく曲がるぶんだけタイムを稼ぐことが可能だ。しかし、決勝のロングでは荷重が少ない後輪の摩耗がどんどん進み、バランスがさらに前寄りになっていってしまう。
また、予選とは違い自分のペースでウォームアップをできないこともあり、とくにリヤの暖まりが悪く、それがタイヤ交換直後やリスタート時の遅れ、さらにはコースアウトにもつながったようだ。
「スーパーフォーミュラでもそうですが、僕はリヤのグリップをとにかく大事にしたいタイプなので、多少アンダーステア気味でも、自分で曲げていけるだけのドッシリ感がリヤに欲しい。そもそも、いままでレース中にアンダーステアに苦しめられたことがないくらい、僕らのクルマのバランスは常に前寄りでした。それを、何とか後ろに持っていこうとした」
「前戦の鈴鹿ではかなり良くなり、速いコーナーに飛び込んでいけるだけのリヤグリップは出ましたが、それでも決勝中は周回を重ねるごとに前寄りになっていってしまい、安定感が失われていった。そこで、今回は決勝でさらにリヤを安定させる方向にしたところ、それがうまく機能しました」
ここ数戦、ARTA NSX-GTのハンドリングはとても安定していた。鈴鹿のS字~逆バンク、もてぎのS字で走りを観察したが、旋回はリニアでリヤはどっしりと落ち着いていた。コマのように旋回するスープラの方が機敏さは上に感じたが、リヤスタビリティとトラクションについてはNSXのほうが優れているように見えた。
「今年のClass1+α規定車は構造的にロール剛性が低く、ドライバーがクルマを動かしていったときに空力変化が起きやすくて、グリップバランスが変わりやすい。だから、それをなるべく抑えるようなセッティングにしていったら、良い方向に向かいました」
前後左右の姿勢変化を抑えた走りは、ケーヒンが開幕戦から示していたものであり、それが少なくともブリヂストンタイヤを履くNSXにとって最適解であることが、実証されつつある。最終戦富士はGRスープラにとってのホームコースであり、ストレートスピードの伸び等アドバンテージは大きい。しかし、第2戦ではKEIHIN NSX-GTが優勝し一矢報いた。データの共用により決勝での戦闘力を高めたNSX勢が「敵地」でも勢いを持続する可能性は、充分あるだろう。