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スーパーGT ニュース

投稿日: 2020.12.03 21:15
更新日: 2020.12.04 10:31

「11年、無駄じゃなかった」RAYBRIG山本尚貴、極まった経験と技術。そして運を引き寄せた奇跡の後半スティント

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スーパーGT | 「11年、無駄じゃなかった」RAYBRIG山本尚貴、極まった経験と技術。そして運を引き寄せた奇跡の後半スティント

 歴史的な大逆転劇でチャンピオンが決まったスーパーGT最終戦、第8戦富士。その逆転劇の主人公となったRAYBRIG NSX-GT山本尚貴に後半スティントについて話を聞いた。山本は後半スティント43周を担当し、残り10周となったところでラストスパート。最大13秒近くあったトップのKeePer TOM’S GRスープラとの差を縮め、最終周のチェッカー手前でKeePerがガス欠となったところで逆転という、フィクションのようなドラマチックな展開を作り上げた。

チャンピオンを決めた後半スティントの43周の走りには、山本がこれまで培ってきた経験と技術、そしてスーパーGTで戦うすべてが凝縮されていた。

 前半スティント担当の牧野任祐が規定周回数ミニマムの22周を終えてピットインしたRAYBRIG NSX-GT。残り43周を山本尚貴が担当することになったが、まずはこのタイミングがひとつの懸けだった。ピットストップで燃料を満タンにしてコースインしたが、残り43周をプッシュするには燃料が足りない。燃費を稼ぐ走行、いわゆる燃費走行を前提としたピットタイミングだった。

「エンジンマップも燃費モードのオン/オフなどいろいろあって、そのなかでいくつかのモードを入れ替えしながら走って、自分でもリフト&コーストして燃費走行をしていました」と、後半スティントについて話し始める山本。

 燃費走行をすれば当然、ラップタイムは厳しくなる。山本がコースインして31周目には前を走る36号車au TOM’S GRスープラ、14号車WAKO’S 4CR GRスープラが同士討ちする形で1コーナーで接触。その脇を山本が2台抜きして、2番手に浮上し、そこからトップのKeePerを追うことになったが、しばらくは燃費走行が必要だった。そして後ろからはオーバーテイクした36号車の追随を受けることになるが、山本は冷静だった。

「後ろの36号車は当然、僕を抜こうと100Rで大外刈りでGT300を抜いていたりしていましたが、それを見て、マーブルを拾っている36号車は次の周にはペースが落ちるだろうし、抜かれることはないなと思っていました」

 その山本の読みどおり、36号車は次第に山本から遅れを取るようになり、山本はほぼ単独の2番手となった。だが、まだプッシュはできない。プッシュするタイミングは、山本が頭の中でシミュレーションしていた。

「相手(37号車)のラップタイムを毎周聞いていて、残りの周回数と自分がプッシュしてどのくらいタイムを上げられそうか、タイヤ、燃費をセーブして、無線で随時報告し合いながらペースアップするタイミングを常に測っていました」

 燃費走行していた山本尚貴のラップタイムは1分32秒中盤〜後半。その走りを続け、そして燃費が持ちそうなギリギリのタイミングになったところで、山本が決断した。

「プッシュしたら1分31秒前半から中盤で走れるようなタイミングになってから『燃料は大丈夫』と言ってもらったので、そこからプッシュしましたが、チームには先に無線で謝りました。『これで行かせてもらって追いつかなければごめんなさいだし、もしかしたら燃料を想定以上に使ってガス欠で止まってしまうかもしれない。だけど、このまま2位で終わるのだったらリタイヤしてしまった方が俺はいいから、行かせてくれ』と」

 チームもその山本の覚悟を受け入れ、山本にすべてを託した。プッシュするエンジンマップもチームが山本に伝えたが、山本は自分の感覚と判断で走行モードを決めた。

「プッシュと言ってもまだ燃料を気にしていましたし、チームから燃費モードじゃなくていいと言われましたけど、意外と燃費モードにしていても結構ペースを上げられそうだったので、それは入れました。その時点で自分が100パーセントの走り、燃費モードを入れて自分の走りをした方がペースを上げられそうでした」

 そして、山本は1分31秒前半〜中盤のタイムを刻み始める。一方、KeePerの平川亮は1分32秒前半から1分33秒台とタイムを上げられないだけでなく、ラップタイムも安定していなかった。おそらく、タイヤかすによるピックアップの影響があったと考えられるが、そのピックアップ対策についても、山本は細心の注意を払っていた。

「残り10周は、自分としては冷静でした。燃費もまだ気にしていましたし、タイヤのマーブルもレース終盤はたくさん落ちていたので気をつけていました。GT300が前にいて抜けるタイミングがあっても、敢えてそこでは抜かないで路面のきれいなところを走って抜いたりしていました。GT300を無理に抜けば1周のペースはもうちょっと上げられましたが、残り10周のタイムを平均で見たときにはマーブルを拾わないで帰ってきた方が速いと思ったので、そのあたりを見ながら走っていました」

 外からは前の獲物を獲得しに行くような走りに見えた山本の熱い走りだったが、本人の頭の中とその視線は慎重に周囲に行き渡っていた。

「GT300に引っかかっても、路面がきれいなところばかりを走っていました。後ろも前も見ながら冷静に走れていたし、最後の10周はもう、腹をくくって絶対勝つと思って走っていました」

 それでもファイナルラップを迎えて、トップの平川と山本のギャップは約2秒、まだ残っていた。

「ラスト1周で思ったよりも差が縮まらなかった。パッシングできるほどの距離間に入っていなくて、届かなくて悔しくて、歯を食いしばって走っているのと同時に、本音ではセクター2に入ってから相手に(トラブルかアクシデントで)止まってくれ! と思って走っていました。最終コーナーを立ち上がったときに37号車が見えて一瞬、『もうウイニングランの余裕なのか』と思ったけど、すぐにガス欠だと気づきました。今日で自分の運をすべて使い切ってしまったのかと思うくらい、自分たちの思いと願いがこの結果を生み出せたのかなと思います」

最終コーナーを立ち上がって、ガス欠でスローダウンするKeePer。そのイン側を走り抜けるRAYBRIGと山本尚貴。山本とチームの覚悟した攻めの走りが、奇跡的なリザルトを呼び寄せることになった。

「ファイナルラップもプッシュしていましたが、向こうもプッシュして差が縮まらなかった。でも、そのプッシュがあったのでこのような結果になったと思います。たぶん、もっと差が開いていたら彼も燃費走行をしていただろうし、彼らがチャンピオンだったと思いますけど、彼を追い詰めたことによってチームからも言われて彼もプッシュしたと思うし、そこで相手に燃料を使わせることができたので、風向きが一気にこちらに向いてきたのかなと思います」

 チームの調べによると、100号車はチェッカーを受けた150メートル先で燃圧がダウン。ウイニングランを自力で走行できないほどギリギリのタイミングでフィニッシュした、あまりに劇的すぎる、まさに奇跡的な後半スティントとなった。

「スーパーGTでこれまで走った11年、無駄じゃなかったなと思います。その11年が凝縮された、本当に僕のベストレースのひとつでした。それを可能にさせてくれたのはチームとエンジニアとのコミュニケーション。これまでシーズン中にはミスコミュニケーションもあったんですけど、そこをきちんと向き合ってきたからこそ最後、このような形になったのだと思います。チームのみんなも緊張しただろうけど、今年最後のレースで細かく綿密に答えてくれたので、早く帰ってチーム、エンジニアにありがとうございましたと言いたいです」と、会見直後の山本。

 そしてもうひとつ、レース後日、もうひとつの事実が明らかになった。ホンダ陣営は富士の最終戦ではエンジン関連のアラートをすべて解除してレースに臨んでいたというのだ。「最後なので、壊れてもいいかと」とつぶやく、ホンダのGTプロジェクトリーダー佐伯昌浩氏。最後の数ラップ、RAYBRIGと山本はガソリンがわずかになっても『ロー・フューエル』のアラートを見ずにドライビングにフォーカスして最後までプッシュして、そして突然、ガス欠を迎えることになった。チームとドライバー、そしてメーカーの3者が、まさに捨て身の覚悟で一体となって勝ち取ったタイトルだった。

2020年スーパーGT第8戦決勝RAYBRIG NSX-GT
燃費走行をしながら36号車を抑え、終盤のラストスパートに向けて耐えた山本尚貴
2020年スーパーGT第8戦決勝RAYBRIG NSX-GT
レース終盤、トップを追い上げる山本尚貴の走りを見つめるRAYBRIGのレースクイーンたち


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