2020年のスーパーGT第8戦は、最終ラップの最終コーナーにおける、歴史に残る大逆転劇で幕を閉じた。一方にとっては悲劇であり、他方にとっては歓喜であったその瞬間は、3週間が過ぎたいまも色褪せることなく、スーパーGTを愛するすべての人の心に深く刻まれていることだろう。
あの日、最終コーナー立ち上がりでKeePer TOM’S GR Supraをオーバーテイクしてタイトルをもぎ取ったRAYBRIG NSX-GTの山本尚貴が、シーズン終了後、その舞台裏についてじっくりと語ってくれた。
取材時点ではスーパーフォーミュラ(SF)の最終戦を残していたこともあり、GT500チャンピオンの実感について「嬉しさはありますが、まだ気が抜けません。SFのタイトル争いが残っているので、喜びすぎると足をすくわれます」と気を引き締める山本だったが、そのSF最終戦では平川亮との直接対決の末、見事に戴冠。2018年に続いて、SFとGT500のダブルタイトル獲得を成し遂げた。
スーパーGTにおいて、この一年のターニングポイントとなったのは第6戦鈴鹿だという。山本が乗り込む直前、ピットロード入口で牧野任祐がKeePer TOM’S GR Supraに追突されたレースだ。
マシンのリヤ周りは大きく破損しており、すでにポイント圏外。だが山本は「修復したら走れるのであれば、直してください」とチームに訴え、コクピットに座り続けた。テストの機会も限られた2020シーズン、山本は残されたチェッカーまでの時間を有効利用することを考えていたのだ。
「11年、このシリーズで戦ってきているので、残り2戦の重要性は分かっています」
修復なったマシンで、バックアップのタイヤを履いてコースインした山本は「それまでの悩みが全部解消された気になるようなものだった」とそのタイヤの感触を振り返る。「自分のなかで、確信めいたものが生まれました」。
果たしてそのタイヤは最終戦富士で最高の結果を生むことになるのだが、それだけではなかった、と山本は言う。
「あそこで僕が『無理だからやめよう』と言ったら、チームのなかにもあきらめの空気が出てきてしまう。『何が何でもコースに戻り、タイトル獲るため頑張るんだ』という姿勢を示せたことも、タイトル獲得につながったのだと思います」