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スーパーGT ニュース

投稿日: 2022.04.13 17:00
更新日: 2022.04.14 13:33

【GT300マシンフォーカス】骨格は同じも手足は異なる。つちやエンジニアリングらしさが随所に光るトヨタGRスープラ

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スーパーGT | 【GT300マシンフォーカス】骨格は同じも手足は異なる。つちやエンジニアリングらしさが随所に光るトヨタGRスープラ

 スーパーGT300クラスに参戦する注目車種をピックアップし、そのキャラクターと魅力をエンジニアや関係者に聞くGT300マシンフォーカス。2022年シーズンの第1回は、HOPPY team TSUCHIYAが製作した『HOPPY Schatz GR Supra』が登場。3月26〜27日に富士スピードウェイで開催されたスーパーGT第2回公式テストでシェイクダウンを迎えたばかりの新車について、設計を務めた木野竜之介エンジニア、そして土屋武士代表にその素性を聞いた。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「武士さんからは“つちやエンジニアリングらしくシンプルなクルマにしてほしい”と言われました。あとは好きにやっていいよ、と」

 そう語るのは、HOPPY team TSUCHIYAの木野竜之介エンジニア。現在31歳の木野氏は、東京大学工学部出身。レーシングカーコンストラクターの童夢などを経て、2020年にHOPPY team TSUCHIYAに加入。同年よりHOPPY Porscheのデータエンジニアを務めると、2021年には同車のトラックエンジニアとデータエンジニアを兼務。2022年は武士代表からHOPPY team TSUCHIYAが新たに製作する『HOPPY Schatz GR Supra』の設計者に指名され、初めてレーシングカーデザイナーとして1台の車両を手掛けることとなった。

「“あとは好きにやっていいよ”とは言われましたが、HOPPY team TSUCHIYAはプライベーターですので、予算が潤沢にあるわけではありません。自分たちで作れるものは作りながら、ですね。予算などの理由で、できないこともある制約のなか、できる限りいいものを、手間と工夫で解決するというプライベーターのやり方が大元にあります」

“つちやエンジニアリングらしくシンプルなクルマ”という武士代表の指針、そして限られた予算内で木野氏はクルマのコンセプトを詰めた。そして設計する上で重視したのはクルマの基本となる重量配分だったと語る。

「私は(土屋)春雄さんと一緒にたくさん仕事したわけではありません。しかし、春雄さんの考え方などを聞いていると、根本的なクルマのポテンシャルにつながる重量配分、重心位置といった部分へのこだわりがすごく、クルマの基本となる部分をとことん突き詰めていくやり方をされていました。そこは私もすごく共感するところでしたので、このクルマの設計の際にも重視しています。それが結果的につちやらしさというか、春雄さんの考え方に繋がる部分ではないかと思っています」

 そんなHOPPY Schatz GR Supraの“火入れ”が行われたのは第2回公式テストの搬入日前日となる3月24日の18時前。搬入日となった25日も富士スピードウェイのピットで夜遅くまで作業を行い、26日午前のセッション1でシェイクダウンを迎えた。慌ただしいスケジュールのなかでのシェイクダウンとなったが、走行初日を終えた時点で「ECUの合わせ込みといったところでも課題があり、本格的なペースでは走れていない部分はあります。ただ、根本的なところでの大きな問題はなかったです。作ったところは作った意図通りに機能してくれているかなど、いろいろ確認できましたし、概ね満足というか安心という感じですね」と木野氏は語った。

3月26日、スーパーGT富士公式テストのセッション1でシェイクダウンを迎えたHOPPY Schatz GR Supra
3月26日、スーパーGT富士公式テストのセッション1でシェイクダウンを迎えたHOPPY Schatz GR Supra

■「骨は同じも“手足”は大きく異なっている」

 それでは、HOPPY team TSUCHIYAが設計、制作を手掛けたHOPPY Schatz GR Supraと、同じくGT300規定で製作されたほかのトヨタGRスープラとの違いを見ていこう。大前提として、GT300規定のGRスープラはトヨタ自動車が図面の製作及び、ホモロゲーションを受けており、HOPPY Schatz GR Supraの根幹となる部分はほかのGRスープラと同じホモロゲーションに準じている。

 つまり、244号車HACHI-ICHI GR Supra GTなど、GT300クラスに参戦するほかのGRスープラとは基本となる部分は同じであり、スペック表に書き出してもその差はタイヤとホイールくらいだ。これについて武士代表は「人の身体で言えば胴体の骨がまったく同じです。ただし、“手足”が違うという感じでしょうか」と語る。

 そのため、エンジンは5.4リッター自然吸気V型8気筒エンジン“2UR-G”を、そしてミッションはヒューランド製の汎用品(6速/後退1速)とほかのGRスープラ同様のものを搭載する。ただし、『HOPPY Schatz GR Supra』のエンジン、ミッションは中古品を搭載している。その理由を尋ねると「新品はコストが……」とプライベーターらしい答えが返ってきた。

 速さの肝となる“手足”は大きく異なっているHOPPY Schatz GR Supra。同車の設計は木野氏が務めたが、外装のみ、コスト管理の兼ね合いもあり、武士代表が手がけている。HOPPY team TSUCHIYAのオリジナル設計をベースに、JGTC全日本GT選手権時代のつちやMR2の製作にも携わり、現在はエアロメーカー『LEXON exclusive』を手がける高砂岳美氏に造形を依頼。そしてマザーシャシーのHOPPY 86 MCからHOPPY team TSUCHIYAのクルマ作りに携わるカーボンショップ『サイトハウンド』の山口仁氏のジョイントでボディカウルが制作された。武士代表曰く、風洞実験は行わず「こうした方がかっこいいんじゃない?」などみんなで話し合いながら誕生したという。

「外装は完全にアナログ、昭和のやり方ですね。金曽さん(apr代表の金曽裕人氏)にも協力いただいて、プリウスの部品を使わせていただいたり。このクルマは木野にとって、1台の車両を手掛けるレーシングカーデザイナーとしての処女作となります。だから、すごく制約のあるなかですが、できるだけのことをやらせてあげたかったというのがあります」

「正直言えば、外装も含め全部を木野にやらせてあげたかったです。なので、みなさんにはっきりとお伝えしておきたいのは『外装は土屋武士、中身が木野竜之介』です。なので、チームオーナーとしては『思いっきりやらせてあげられなくて、ごめんなさい』という気持ちはありますね」と武士代表は語った。

2022年のスーパーGT GT300クラスに参戦するHOPPY team TSUCHIYAのHOPPY Schatz GR Supra
2022年のスーパーGT GT300クラスに参戦するHOPPY team TSUCHIYAのHOPPY Schatz GR Supra
トランスミッションはヒューランド製の汎用品(6速/後退1速)。
トランスミッションはヒューランド製の汎用品(6速/後退1速)。

■“つちやエンジニアリングらしさ”が光る工夫と手作り

 では、ここからは木野氏が手掛けた部分を中心に見ていこう。エンジンルームはすっきりとした印象を受ける。それはHOPPY Schatz GR Supraは、HACHI-ICHI GR Supra GTでも採用されているサードダンパーを搭載していないためだ。

「サードダンパーを付けて、重量配分や剛性といった部分を犠牲にするよりは、付けないほうがいいと思ったというところですね。やはり、FRのクルマでフロントにサードダンパーを付けるとなると、構造上の無理が生じる部分が出てしまいます。サードダンパーがあることで、フロントは重くなりますし、フロントの足回りの剛性も落ちてしまう。部品点数も増えてお金もかかりますし、そこまでしてサードダンパーを付けるメリットがあるのか? と考えた際、私はないなという判断をしました」と木野氏。

 足回りに目を向けるとアップライトはアルミの削り出しを採用している。2021年シーズンはたかのこの湯 GR Supra GTがクロモリ鋼削り出しのアップライトを採用していたが、2022年はGRスープラのアップライトにアップデートが施され、他車でもアルミを採用しているケースもあるとのことだ。なお、HOPPY Schatz GR SupraのアップライトはHOPPY team TSUCHIYAのオリジナル設計となり、仲間内の製作所に製作してもらったとのこと。また、ほかのGRスープラのエンジンのサージタンクがカーボン製となっているなか、HOPPY Schatz GR Supraはアルミ製を採用。これはコストを考えてのことだ。

 そして、ほかのGRスープラが2口タイプの給油口を搭載するなか、HOPPY Schatz GR Supraはクロンテック社製の1口タイプを採用。これはGRスープラのドア後方のスペースが狭く、ピット作業時に給油担当とリヤタイヤ交換担当の作業スペースが被ってしまい、作業がしづらいという課題の改善を見込んでのこと。さらに、昨年までのポルシェ911 GT3 Rと同型の給油口のため、昨年の設備がそのまま利用できるというメリットもあってのことだ。

サージタンクはコストも鑑みてアルミ製を採用
サージタンクはコストも鑑みてアルミ製を採用
244車ではクロモリ鋼削り出しだったが、HOPPY Schatz GR Supraではアルミ製となったアップライト
244車ではクロモリ鋼削り出しだったが、HOPPY Schatz GR Supraではアルミ製となったアップライト
給油口も他のGRスープラとは異なりクロンテック製を採用。ポルシェ911 GT3 Rと同形状であるため、昨年までの給油装置を継続して使用できるメリットも
給油口も他のGRスープラとは異なりクロンテック製を採用。ポルシェ911 GT3 Rと同形状であるため、昨年までの給油装置を継続して使用できるメリットも

 続いて、外装部分を見てみよう。見た目にも迫力がある大型リヤディフューザーの両端にはベニヤを使用している。ベニヤそのものは1枚200円ほど。剛性の確保とウエットコンディションの際に水を吸わないよう、ベニヤにウエットカーボンとFRPをエポキシで固めて制作したシートを貼りつけており、ドライカーボン部とは見た目から異なっている。カウルの改造も含め、「みんなで手作業で工夫しながら製作してきた」とのことだ。

 フロントフェンダーはうねりのある曲線が特徴的だが、これは「武士さんの脳内風洞であのかたちとなっています」(木野氏)とのこと。GT300規定車両はシーズン中もアップデートが可能であり、そこが楽しいところとも木野氏は語った。

 また、SNSでも話題になったが、サイドミラーにはヤフオクで購入したホンダS660の市販品が使用されている。これは走行中も車内から角度調整ができる電動ミラーにしたいという意図があってのこと。サイズも大きくなり、視認性も向上。昨年までのポルシェ911 GT3 Rに電動ミラーがついていたことで「便利なものを知ってしまった」(木野氏)とのことだ。

特徴的な形状のリヤディフューザー。中央と両端でカーボン地の見た目が異なる
特徴的な形状のリヤディフューザー。中央と両端でカーボン地の見た目が異なる
リヤディフューザー両端、シェイクダウン時点ではベニヤ板にウエットカーボンのシートを巻いたものを採用。補強のため、リヤバンパーからステーで吊り上げている
リヤディフューザー両端、シェイクダウン時点ではベニヤ板にウエットカーボンのシートを巻いたものを採用。補強のため、リヤバンパーからステーで吊り上げている
特徴的な曲線が目を引くフロントフェンダーは「武士さんの脳内風洞(木野エンジニア)」によるもの
特徴的な曲線が目を引くフロントフェンダーは「武士さんの脳内風洞(木野エンジニア)」によるもの
サイドミラーはホンダS660のものを採用。チームに“熱狂的なエスロク好き”がいることも採用の理由だとか
サイドミラーはホンダS660のものを採用。チームに“熱狂的なエスロク好き”がいることも採用の理由だとか

■まずは1勝。“0を1に”を目標に

 HOPPY team TSUCHIYAの手間と工夫が混じり合うHOPPY Schatz GR Supra。改めて、木野氏にこの車両のこだわった点を尋ねると、「クルマの基本のポテンシャルを高める方向で全部を作っています。そして奇をてらったことはしていません。シンプルに、理に適ったことをするということが設計としてこだわっているところですね。あとは、自分たちで作れるように作るということ。そして、自分たちでメンテナンスするので、現場での整備性にもかなりこだわっています。自分たちで作ったところはかなりいじりやすくなっていますので、それが現場でのセットアップのしやすさ、ひいてはレースウイークのクルマの強さに繋がります」と語った。

 武士代表からも「木野、そして武藤(良明メカニック)、このふたりがいれば土屋春雄に勝負が挑める」と、今後の活躍が期待されていることについて木野氏に尋ねると「期待していただいているとは思いますが、私は楽しくやっているだけですから。機械が好きで、物作りが好きなので、そういう意味ではプレッシャーとかはないですね。このチームはとてもいいチームだと思います。プライベーターなので、良くも悪くもピリピリしていないというか。そういうスタイルのチームですので、私もそのスタイルに則って取り組むだけですね」と木野氏は語った。

 それでは、2022年シーズンのHOPPY Schatz GR Supraの目標地点はどこに置いているのだろうか。

「まずは1勝したいと思います。そこまでクルマを持っていって、今年からとはいかないかもしれませんが、来年以降ちゃんとチャンピオン争いに絡めるところに。そして、こういった作り方でも、GT300で戦闘力のあるクルマを作れるんだというのを示すことが、武士さんからも求められているところだと思います。まずは早く1勝を挙げられるように、進めていきたいなと思います」と木野氏。

 そして、武士代表は「クルマは走り始めましたが、まだ“0から1”にはなっていません。このクルマ作りの大きなテーマは“0を1にする”なので。“1”というのは勝たないと“1”にはなりません。『走ったね』、『よかったね』、『そこそこ速いね』では何も意味はありませんよね。僕のなかでこのクルマ作りは“土屋春雄に勝つ”というテーマもあるので、土屋春雄に勝たなければといけません」と語った。

 富士で行われた第2回公式テストの4セッションで計138周を走行したHOPPY Schatz GR Supra。4月16〜17日に岡山国際サーキットで開催される2022年シーズン第1戦『OKAYAMA GT 300km RACE』ではどのような走りを見せてくれるのだろうか。つちやエンジニアリングの“第2章”開幕ともなる一戦の走りからは公式練習から目が離せないものとなるだろう。レースウイークでお披露目となるマシンカラーリングとともに、楽しみが尽きない1台だ。

車検場から戻るHOPPY Schatz GR SupraとHOPPY team TSUCHIYAのメンバー
車検場から戻るHOPPY Schatz GR SupraとHOPPY team TSUCHIYAのメンバー
ステアリングの中央には『Supporters CLUB 25PRIDE』のロゴ。ダイヤル類がピンクに彩られている
ステアリングの中央には『Supporters CLUB 25PRIDE』のロゴ。ダイヤル類がピンクに彩られている
アルミカバーが存在感を放つボンネット
アルミカバーが存在感を放つボンネット
ドアの葵色の部分は市販車を流用
ドアの葵色の部分は市販車を流用
富士でのシェイクダウン時のフロントカナードは1枚
富士でのシェイクダウン時のフロントカナードは1枚
ブレーキシステムは他のGRスープラと同じエンドレス製
ブレーキシステムは他のGRスープラと同じエンドレス製
GRスープラ勢とは異なるリヤウイング翼端板。こちらもベニヤ板にウエットカーボンのシートを巻いて加工したもの
GRスープラ勢とは異なるリヤウイング翼端板。こちらもベニヤ板にウエットカーボンのシートを巻いて加工したもの
タイヤサイズは330/710R18の4本通し。ホイールはエンケイ製。タイヤはヨコハマタイヤを装着する。
タイヤサイズは330/710R18の4本通し。ホイールはエンケイ製。タイヤはヨコハマタイヤを装着する。


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