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投稿日: 2021.08.12 09:00
更新日: 2021.08.12 11:18

『チーム山本尚貴』の秘密【後編】細かな週末の計画表。最新トレンドは血糖値とコンディショニングの管理へ

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スーパーフォーミュラ | 『チーム山本尚貴』の秘密【後編】細かな週末の計画表。最新トレンドは血糖値とコンディショニングの管理へ

 では、ベストコンディションを引き出すために血糖値を安定させるには、どのような食事の摂り方がよいのだろう。『チーム山本』栄養士の山上さんに聞く。

「血糖値を安定させるというよりかは、先ほど山本選手が話したように血糖値の乱高下を少なくしたいです。基準値の幅の中で、下がってもその幅の中、上がってもその幅の中、というような大きなジグザグじゃなくて緩やかな波を作りたいというのはあります」

 食べないで、お腹が減ってしまうのもアスリートにとっては良くはない。

「はい、エネルギー切れになってしまいますね」

 この取材を行ったのが、ちょうどスーパーフォーミュラの予選後。このタイミングでは具体的にどのような栄養を取得するのか、山本に聞く。

「予選が終わって少し血糖値が下がってきたタイミングなので、さっき『inゼリー』を飲みました。ゼリーを飲むとまた血糖値が上がり始めました。なので、よく『ご飯前にお菓子を食べるな』とか『間食するな』なんて言われますけど、僕は逆なんですよ。ご飯とご飯の間が空きすぎると、血糖値がかなり下がって低血糖になる。低血糖になると当然お腹が空くし、お腹が空いているのでその時は当然低血糖になっていて、そこでたくさんご飯を食べると血糖値が急上昇する。それが繰り返し続いていくと、たぶん人間の体にはかなりダメージが蓄積されていくんじゃないですかね」

「間食する食べ物にもよると思いますが、プリンを食べたり高カロリーなものを間食として摂るのは良くないけど、あまり血糖値が上がらないナッツ類やゼリー、和菓子とかも最近は間食として食べています。去年、験担ぎ的なこともあったのですが僕は腹持ちを結構、重要視していて、たまたま草餅を食べたら長いこと空腹感が抑えられました。草餅には砂糖も入っていて血糖を上げることにもなるのですけど、そこから後半はかなり体調が良くなって、自分には和菓子が合っているのかなと」

 レースウイーク中の食事の回数も、血糖値を考慮して回数を多めに分けて少量ずつ摂っている。

「ちょっと回数は多くしています。3食摂って同じ2000カロリーを3回で分けるか、5回で分けるかということです。ただ、細かく分けると1回分がかなり物足りないです(苦笑)。1回で本当はお腹いっぱい食べたいのですが腹5分目とかにして、よく僕らは最近『繋ぎ』と言うのですが、朝昼晩という概念ではなく、間食を入れて次のタイミングまで繋ぐみたいな感じです。もちろん、レースのその日のスケジュールにもよるのですけどね。たとえばフリー走行と予選の間が長かった場合、1回繋ぎの間食を入れて血糖値が下がってきたときに食べる。それもスケジュールを事前に山上さんに渡して、どういったタイミングが良いかを相談します」

 昨年から装着している血糖値の測定器。昨年のダブルチャンピオン獲得の背景に、この血糖値によるコンディショニング管理と中島トレーナー、山上栄養士のチーム山本の存在が欠かせなかったことは言うまでもない。

「間違いなくそうですね。結果がすべてですから、今日の結果(SF第2戦鈴鹿予選10番手)だと説得力はないので申し訳ないですけど、僕は2013年のSFでチャンピオン獲った年から、中島さんにトレーニングラボでお世話になってチャンピオンを獲れた。そのときも中島さんのおかげではあったと思っていましたが、ダブルタイトルを2度も獲れたのは、間違いなくトレーニングラボのおかげだと思います。自分のパフォーマンスを引き出すきっかけを作ってくれました」

「でも、だからといって、森永製菓トレーニングラボにドライバーがみんな行ったからチャンピオンを獲れるかといったらそうじゃない。やっぱり自分に何が合うかを見つけていく作業ができる人じゃないといけないし、それを見つけてくれる作業を一緒に手伝ってくれるチームがいないと成り立たない」

「ほかのトレーナーさんや施設でもやろうと思えば取り組めばできると思うんですけど、僕は幸い、森永製菓トレーニングラボに行って中島さんと山上さんと、もうひとり、清野さんという方がいるんですけど、清野さんにやっぱり自分の体のことを理解してもらって、こうしたらいいんじゃないか、ああしたらいいんじゃないかって毎年新しいことをどんどんやって、トライアンドエラーを繰り返しながら、タイトルを獲ってきた。間違いなく、そのお陰でここに来られたと自信を持って言えますね」

山本尚貴(TCS NAKAJIMA RACING)をサポートする中島トレーナーと山上栄養士
トレーナーやフィジオには身体強化の知識や技術だけでなくパフォーマンスを上げるためのメンタルケアや信頼関係も重要だ

 身体トレーニングだけでなく、食事や血糖値の管理まで、山本の自己管理はまさに、他のスポーツのトップアスリートと比べても遜色ないレベルだと言える。とはいえ、ここまでストイックな生活を続けるのは家族、子供もいる山本にとってはなかなかストレスも多いのでは……と想像するが、そこは意外と言っては失礼かもしれないが、山本は料理好きで自分で家族の分の食事を作るなど、プライベートでも楽しく自己管理を実践できているのだそうだ。

「もちろん栄養の資格とかを取られているアスリートの奥さんもいて、徹底的に管理するというのも素晴らしいと思うんですけれど、僕は料理が好きで逆に自分が食べたいものを自分で作れるという利点もあります。(家族も)嫌がらずに美味しいと食べてくれるので、良かったなと思います」と、山本は照れながらも、家族のサポートが支えになっていることを明かした。

 フィジオや血糖値管理に基づいたコンディショニングは国内モータースポーツではこれからの分野で、F1や他のスポーツのトップアスリートに比べればまだまだ遅れている。裏を返せば、日本のレーシングドライバーにもフィジオを取り入れることでまだまだパフォーマンスが伸びる余地があることを意味している。山本もまた、これからの若いドライバーたちへ期待する。

「これから上がってくるようなジュニアフォーミュラやカートの選手、もしそういう若い子たちが、僕が今やっているような取り組みを始めていたら、10年後、20年後、とんでもないことになるんじゃないのかなと思います。僕も先輩方をはじめ、たくさんのドライバーと関わってきましたが、僕が知る限りここまで取り組んでいる人はいなかったように思います。でも、それは機械を使うスポーツがゆえに、あまり着目してなかったのかなと思います。でもそれって逆にチャンスで、ここに着目したら、もしかしたら自分の才能もちょっと伸ばせる可能性があるのかなとも思いました」

 最後に、中島トレーナーが今後の山本のフィジオとしての方向性を聞く。

「山本選手はもともと高い意識を持っているレベルが高い選手だと思っていまして、逆にどこまでそのストイックさ求めるのか。家族とのプライベートとレースウイーク、そのあたりのコントロールを我々がどうすべきかですね。あとは、やはりベテランになってきたからこそ、何かまた新しい僕らの取り組みを提案して、現状維持ではなく、常にキツいことというか、新しい山本選手になれるようにサポートしていけたらいいなと思います。何か明確な課題というよりかは、一緒に歩まさせてもらって、先を見据えてできたらいいなという気持ちですかね」

山本尚貴(TCS NAKAJIMA RACING)をサポートする中島裕トレーナー
山本尚貴(TCS NAKAJIMA RACING)をサポートする中島裕トレーナー

 栄養士の山上さんが続ける。

「おそらくレーサーにとって栄養に関しては、あまりイメージがわかない方も多く、『そんなに気にかけるべきなの?』と結構、言われたりすることも多いです。ただやっぱりレースの現場にいればより重要性を感じますし、あんまり意識してない選手が多いことも感じます。そういう意味では『先を行く』ではないですけど、他の選手が見ていない栄養というところにフォーカスしてコンディションを良くしていくサポートをしていきたいと思います。食事や栄養が競技成績に直結するわけではないのは、どのスポーツにも言えることですけど、コンディションを整えるというところにいかに貢献できるかですので、そこを一緒にサポートさせていただければなと思っています」

山本尚貴(TCS NAKAJIMA RACING)をサポートする山上はるか栄養士
山本尚貴(TCS NAKAJIMA RACING)をサポートする山上はるか栄養士

 まだまだ、奥が深いレーシングドライバーのアスリートとしての可能性。国内での先駆者として、山本尚貴のパフォーマンスに注目するだけでなく、現在では野尻智紀、平川亮、そして福住仁嶺や大津弘樹など多くのドライバーがスーパーフォーミュラの現場にトレーナー、フィジオを帯同するようになっているように、その意識は間違いなく高まりつつある。


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