マルケスの武器は、性格の悪さ(比喩です)と鈍感さ(これも比喩です)だけじゃない。皆さんも薄々お気付きだと思いますが、マルケスは恐れを知らないのだ。
ライダーには2種類いる。転倒するとタイムが落ちるタイプと、転倒してもまったく関係なくすぐベストタイムが出せるタイプだ。もちろん、タイムが落ちるタイプが多数派で、すぐベストタイムが出せるタイプが少数派。ワタシが知っている限りGPでの後者は、マルケスと、かつてワタシのチームメイトだったジェレミー・マクウイリアムズおじさんのふたりだけだ。
このふたりは頭のネジが抜けている……というより、もともとネジがない。転んでも転んでもすぐにベストタイムをマークするマクウイリアムズおじさんの様子は、見ているワタシの心が折れそうだった。
マルケスも同じだ。転んでも転んでもメゲることがない……どころか、転ぶことでかつてないマシンコントロール術を体得している。それが2019年多発したスーパーセーブの数々につながっているのだ。ズバ抜けた身体能力+ズバ抜けた反射能力+ズバ抜けた恐れ知らずが、とんでもない領域でのリカバリーを可能にしている。
もちろんマルケスと言えども、ギリギリのところにいるのは間違いない。マレーシアGPでの転倒はかなりヒヤッとさせられた。あれだけのビッククラッシュをすると、普通はメゲる。でも、マルケスはメゲない(笑)。決勝では2位表彰台を獲得してしまう。2018年までのマルケスだったら、さすがにもう少し低い順位でレースを終えていただろうが、2019年は2位。恐ろしいことに、恐れ知らずさえも進化しているのだ。
さらに言えば、リヤブレーキの使いこなしもさらにステップアップしている。最近は親指でリヤブレーキを操作するサムブレーキが流行りだが、最新のマルケス車は、クラッチレバーの上に「スクーターか!」と言いたくなるほどしっかりした大きさの銀色のリヤブレーキレバーが装着されているのだ。
もともとリヤブレーキ多用タイプのマルケスが、「親指じゃ力が足りない!」とばかりに通常サイズのリヤブレーキレバーを装備している。
ここまで来るともう、他のライダーは諦めムードだ。MotoGPライダーは全員が横綱のようなものだが、マルケスはその中でもワンランク上の次元にいる。クアルタラロも速く、2019年は間違いなくマルケスの好敵手になるだろうが、マルケスの域にまでは届いていない。
ちなみにマルケスは、MotoGPに上がって来た時点からすでに異次元にいた。最高峰クラス参戦初年度でいきなりタイトルを獲り、いろんなゴタゴタも巻き起こしながら「マルケスvsその他のライダー」という図式を作り上げてきたのだ。本当にスゴイ。
性格の悪さ(比喩です)+鈍感力(あくまでも比喩)+ズバ抜けた身体能力+ズバ抜けた反射能力+ズバ抜けたライディングテクニックを備えたマルケス。オジサンであるワタシなどにはもはや理解不能なのだが……、先日、日本GPのノリック・大治郎シートで子供たちにライダーステッカーを配る機会があって、あることに気付かされた。バレンティーノ・ロッシが1番人気かと予想していたのだが、子供たちには「マルケスのステッカーちょうだーい!」とせがまれたのだ。
速くて強いライダーが、最高のライダー。いつの時代も子供は正直だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
■青木宣篤
1971年生まれ。群馬県出身。全日本ロードレース選手権を経て、1993~2004年までロードレース世界選手権に参戦し活躍。現在は豊富な経験を生かしてスズキ・MotoGPマシンの開発ライダーを務めながら、日本最大の二輪レースイベント・鈴鹿8時間耐久で上位につけるなど、レーサーとしても「現役」。