井口卓人は、信頼のおけるドライバーだ。いつも落ち着き払い、優しい笑顔を絶やさず周囲に安心感を与える。国内最高峰のレースであるスーパーGTにおいては常にチームを優先し、与えられた役割をきっちりこなしていく冷静沈着な男。しかし、ここぞというときには、熱い走りでチームの期待に応えてきた。
その姿勢は、レカロレーシングチームにおいても変わることはないが、このレースではメカニックとともにチームのレベルを上げていくという使命も負っている。
こうしてチーム加入以来、その進むべき道を示してきた井口だったが、大きな敗北感を味わったSUGO以降、井口の気持ちには変化があった。自分自身のなかに確固たる軸を持つことで結果を残していく姿勢は変わらない。けれど、それだけでは足りないと考えたのだ。
そして、86/BRZレースではロガーデータを細かくチェックするようなことはなかったという井口が、いまはチームのきめ細かな分析を活用してタイムを少しでも縮めようと試みている。
それは、すべてをさらけ出しながらアドバイスに耳を傾けることであり、これまでとは異なるスタイルを受け入れることでもあった。それでも、ともに高め合い、結果に結びつけることが必要だと、井口は信じたのである。
トップレベルのチームと比べれば、まだまだ経験は浅いが、チームの全員で戦い抜き、成長していくなかで勝利をつかみたい! そうすればどれほどの喜びがこみ上げてくるのだろう。このチームで勝ちたいと、井口は心底思っている。
そんな気持ちは、佐々木孝太、そして小暮卓史も同じだ。佐々木は昨年を上回る成績を残し、チームを鼓舞し続けている。小暮は国内トップドライバーとして、そう簡単には受け入れられない結果が続いても、ともに成長したいという熱意でチームに新しい風を吹き込んだ。
めざましい結果を出せずにいても、それぞれのドライバーの熱い想いがチームを成長させている。そして前戦の岡山ラウンドに続き十勝ラウンドでも、佐々木と井口がポイントを獲得した。
もちろん、チームのだれひとりそれに満足してはいない。なかでも井口は、自身のイメージとは大きくかけ離れた十勝でのレース内容に悔しさを隠さなかった。
井口には、期するものがあった。金曜日の練習走行を終えたとき、“戦える”と手応えを感じていたのである。ところが翌日行われた公式予選のタイムは伸びない。
2連戦となる十勝ラウンドで、井口は14番手と10番手というスターティンググリッドとなった。大きなショックとともに“なぜ?”という気持ちがあふれた。はっきりとした理由が分からないことで袋小路に迷い込んだようだった。
彼自身は、それほど得意だとは思っていないとはぐらかすが、十勝スピードウェイで開催された86/BRZレースにおける井口の戦績には目を見張るものがある。そういったこれまでのいいイメージに重ね合わせても、タイムが伸び悩んだ理由を見いだせないところにもどかしさがあった。
十勝ラウンド決勝の井口の走りには、このチームとともにどうしても結果を出したいという気持ちが強く現れていた。第6戦は、序盤に12位までポジションアップしたところで、インを刺してきたマシンのリヤが流れたことによりコース外にはじき飛ばされてしまう。
コースに復帰できたものの、その時点で20位。それでも気持ちを切らすことなく追い上げ、16位でレースを終えた。さらに予選10位と、まだまだ上位進出を狙えた第7戦も井口を不運が襲う。
突然見舞われた原因不明のマシンの不調で、ペースが上がらなかったのだ。そんな状況にあっても戦い抜く気持ちを持ち続け10位を守りきったが、マシンを降りヘルメットを脱いだ井口の表情は、いままで見たことがないほど険しいものだった。
ただただ悔しい。十勝にかけた熱量が大きかったからこそ、納得がいかない。苦しい展開をしのいで手にしたポイントは1ポイント。だが、たった1ポイントではあっても、それを獲得する過程でふだん冷静さを失うことがない井口がここ十勝で見せた“熱”は、レカロレーシングチームに強さを与えてくれた。
「十勝入りして、最初の1本を走り終えた井口選手の様子がいつもと違うということは明らかでした。マシンのバランス、路面の状況、フィーリングのフィードバックがいつになく詳細で、2本目以降の走行プラン、本番までにどのぐらいタイムを詰めていけるか、明確に把握していました」
「自信はあったと思います。覚悟もあったと思います。結果はともかく、井口選手のレースウイークのアプローチは、完璧だったと思います。継続が力になる。そう信じて前に進みます」とチーム監督の前口光宏氏は振り返る。
ドライバー、メカニックそれぞれが次こそはという気持ちを抱き、その熱い想いが呼応することでチームに大きな力が生まれている。レカロレーシングチームが、最終戦となる富士でどのような戦いを見せるのか注目したい。
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前日の予選、第6戦で思い描いていたような走りができなかった井口は、10番手グリッドからのスタートとなる第7戦で巻き返しを図り、強い気持ちを持って臨んだ。1周目でひとつポジションを上げ、これはいけると思った矢先にマシンの異変を感じる。それでも最後まで走りきりポイントを獲得したが、納得できぬ結果に苦渋の表情を見せた。
11月12日発売 autosport No1564より転載