2022年の富士24時間レースが終わって1週間が経とうとしているのに、僕はまだ余韻に浸っている。いやもう、本当に楽しかった。何がって……キャンプが。
ル・マンはもちろん、24時間レースを世界各地で取材して、そのたびに観客がキャンプをしながらレースを楽しんでいる姿を羨ましく感じてきた。いつかは自分も同じことをしたいと思ったけれど、さすがに外国までキャンプがてら24時間レースの観戦に行く時間的かつ金銭的かつ精神的余裕はなくて、ずっと先送りになっていた。
2018年、富士スピードウェイで日本でも24時間レースが復活することになったとき、真っ先に取材に出かけたのがキャンプサイトだった。果たして日本のファンも24時間レース観戦に慣れた海外のファンのようにキャンプを楽しんでくれるのだろうか、と気になったからだ。
結論から言えば、日本でもファンのみなさんは実に楽しそうにキャンプをしていた。そして『あ、日本国内なら自分もキャンプをしながら24時間レースを楽しめるかもしれない』とワクワクした。それで、その機会が2022年にようやくやってきた。コロナ禍をくぐりぬけ、ちょうど仕事を受けずに全面的に一般ファンとしてフリーな週末を過ごせることになったからだ。
問題は、『キャンプが楽しそうだな』と思う僕自身に、ほとんどキャンプの経験がなく、バーベキュー道具くらいは持っていたけれど、雨露をしのいで過ごすようなキャンプ用具を持っていないことだった。
道具を買い集めなければダメかな、でもまずは入場券を買うところからだなと富士24時間レースのWEBサイトを覗いた。すると、なんと入場券と新品テントをセットにしたオートキャンププランが販売されていた。不勉強ながら、こんな商品があったのはこれまで知らなかった。それで早速購入した。
僕が購入したのは、『キャンプビレッジパッケージ』のうち、『ツーリングドームSET』というプランである。これは、コールマンのツーリングドームLXテントとグランドシートおよびLEDランタンに観戦券2人分、オートキャンプエリアの使用料、駐車料がパックになったもので、クルマで乗り付ければそこには専用の新品テントがすでに設営してあり、レースを観戦して帰るときには自分でそのテント一式を片付けて持って帰れるという仕組みのパッケージ商品である。
お値段は消費税込み5万9060円。実勢価格ではテントが1万6000円前後、グランドシートが3500円前後、ランタンが2000円前後で、割高ではあるかもしれないが、観戦券と駐車料と初期の手間を考えれば何も道具を持っていない不慣れなキャンプ初心者にはなかなかリーズナブルな設定だと感じた。もちろん、道具を持っていれば観戦券付き2万7060円でオートキャンプエリアを使える。一般駐車場にクルマを駐め、そこから道具を運んで一般キャンプサイトでキャンプするだけなら、観戦券一般駐車券付き2万2560円になる。
心配だった天候も悪化せず、キャンプサイトの受付が始まる土曜日の午前8時すぎ、富士スピードウェイのゲートをくぐった。受付はダンロップコーナー内側、ふだんはP16Aとして用いられている駐車場にあった。受付に着くと、スタッフがてきぱきと僕のために確保されているエリアに誘導してくれた。案内されたのは駐車場の真ん中あたり、専有スペースは8m×8mとかなり広い。そこにはすでに僕用のテントが張ってあり、その脇に自分のクルマを駐めればそれだけでとりあえず陣地が完成する仕組みだ。
僕はもっとテントが立て込んでいるものと思っていたので、良い意味でびっくりした。調べるとP16Aには8m×8mのサイトが45区画設けられていた。
クルマを駐め、クルマから手持ちの椅子やらテーブルやらバーベキュー用具を下ろして自分の陣地を設営してから、再びクルマを動かして御殿場の町へ下り、足りない物品やら食材やらを買い出しにかかった。
再入場して腰を落ち着け、お昼ご飯の準備をしながらさらに陣地を整えた。ご近所には愛犬を連れたキャンパーがいて散歩を始めていたので挨拶もした。テントの脇に自分のクルマが駐まっているので、我が家で放り込んできた荷物も下ろしやすい。この時点で僕は『オートキャンプっていいものだなあ』とすっかり嬉しくなってきた。ちなみに温水洗浄便座付きトイレも水場も完備で、もともとは駐車場ではあるけれどキャンプサイトとして十分な設備となっている。
さすがに自分のテントからコースは土手が視界を遮ってほとんど見えないが、10メートルほど歩けばコースサイドで第3セクター内側を見渡せる。落ち着いたところでグランドスタンドまで散歩し出店を冷やかした。店で生ビールを買って観客席で呑んでいるうちに午後3時になりレースがスタートした。しばらくメインストレートを走る競技車両を眺め、その後またぶらぶら歩いて陣地へ帰れば日も暮れてくる。
レーシングカーのエキゾーストノートを聞きながら炭火を熾してあれこれ焼いたり煮たりして再びビールを飲む。そのうち花火が上がる。キャンプサイトの一角には、手ぶらでバーベキューが楽しめるバーベキューガーデンも開設されて、キャンパー以外の観客も飲食が可能になっていて賑わってきた。ああ、この楽しさ、というか非日常感こそ、僕が憧れ続けた24時間レース観戦の正しい姿ではないか。
一所懸命闘っていたドライバーやチームには申し訳ないが、たまのオフタイムだ。そこは勘弁してもらうとして、ぼくはレースの展開をよそに夜遅くまでエキゾーストノートを聞きながらさんざん飲み食いして花火を眺め、あれこれ煮たり焼いたりしては、またさんざん飲み食いした。お酒やツマミばかりではなく、炭火を前に飲食している脇でヘッドライトが輝くレーシングカーが延々と走り続けているという、24時間レースの非日常感をイヤというほど味わった。
酔っ払ってテントに入り、シュラフに包まったのは日にちが変わるころだったか。テントのなかで地面の上に寝そべるというだけでも十分な非日常感に浸れるが、外ではレーシングカーが走り続けているのだ。その特殊な感覚は想像した以上にエモーショナルだった。しかも、当たり前だが朝目覚めても、相変わらずレーシングカーは走り続けていた。正直、『いつまでやってんの、キミタチ!』と思った。
朝ゴハンを準備しながら、『これはやみつきになるかもしれないなあ、来年も富士24時間レースの仕事は受けずに、ここで飲み食いして楽しもうか』と考えていた。今回、キャンプを通してレースを観戦、というか体感して、富士24時間レースは、ル・マン、ニュルブルクリンク、スパ、デイトナに並ぶ、世界的なモータースポーツイベントに育つのではないかとつくづく感じた。
そして思った。少しでも24時間レースのキャンプ観戦に興味を持っているファンがいたら、富士24時間レースを全力でオススメする。あえて言うならば、キャンプをしながらレース観戦するのではなく、キャンプをしに来たらそこでレースをやっていた、という“緩い”スタンスがいいかもしれない。キャンプ初心者もウェルカム。ぜひ24時間レース(の、もうひとつの魅力)を身体で感じ、楽しんでいただきたい。