1993年のマクラーレンMP4／8を思い起こしています。
懐かしいって感想がまず最初に来るのはもちろんなんですけど、アイルトン・セナ最後の優勝マシンであるとか、そもそもセナが契約すんのかしないのかとか、マイケル・アンドレッティが乗るも苦悩のシーズンを送ったとか、ミカ・ハッキネンのマクラーレンデビューマシンだとか、ハイテク最終年だとか、逸話は枚挙にいとまがないんですよね。
1993年シーズンは1992年から1995年くらいまで“F1がドタバタしていた”時期のなかでも印象的な年でしたし、翌1994年に“ハイテク”が禁止され不安定なマシンで事故が多発した地獄のようなシーズンへの布石ともなった年でした。
僕の記憶を辿ると、あのマクラーレンMP4／8ってマシンは、動きがとても軽快で俊敏で、セナ独特の乗り方もあり、特にスローコーナー正面アップ写真の撮影が難しかったんですよ。
後に兄シューマッハー（ミハエル・シューマッハー）も同じような傾向のドライビングをすることがありましたが、僕のなかで撮影難易度ナンバーワンはセナが駆るMP4／8。理由は分からずじまいですが、とにかく撮り難かった記憶です。
特にモナコのブラインドコーナーですよ。コーナーのクリッピングポイントで正面からのアップ写真を撮影する時、ガードレールで見えない所から一瞬で飛び出してくるF1マシン。他のドライバーはフロント部分が見えてからヘルメットにタイミングを合わせてシャッターを切っていたんです。
次から次へと来るF1マシンをそうやって撮影していましたが、セナにだけはタイミングを外されて……。「ありゃ、今のタイミング外されたな」というのは撮りながら感じますから、何ラップも何ラップも予期して撮るんですが惨敗（笑）。
実際、F1の写真でもっとも需要があったのはセナの写真でしたから、たくさんいい写真を撮りたいというプレッシャーも相まって、ドツボにはまっていた。
今とは違ってフィルムの時代ですから、現場で画像を見てタイミングを修正することもできず……。現像した写真を確認して、タイミングをずらされていたことを知り、愕然とした記憶。あれ、なんだったんだろうなあ？
きっとパワーでライバルに負けている非力なマシンを、セナだからこそのスペシャルテクニックで速さを引き出していたのでしょう。当時はとにかくやられっばなしでした。
今回『GP Car Story』のMP4／8特集でアンドレッティのインタビューを読み、セナはマイケル（アンドレッティ）より低速コーナーでより速度を落とす走り方で、“速く走るために遅く走っていた”ことを確認できました。
僕が撮影していたとき、セナだけシャッタータイミングが合わなかった一因はおそらくそれでしょう。他車よりも車速を落としているのに速い。コーナー奥で瞬時にクルッと向きを変える独特の乗り方です。
前述したように、後に兄シューマッハーにも同じようにタイミングを外される経験をしたことがあって、その時は例えばヘアピンコーナーのように奥へ入って向きを変えるところで、シューマッハーが他車よりも車速を落とす乗り方をしていることを聞いて「まさにそれだ! セナのアレ、それだったんだ!」と、26年経って理解しましたね。
もちろんMP4／8のマシン特性もあったでしょう。また非力さをコーナリングで補うしかないわけですから、セナならではのテクニックをより使っていたのでしょう。
シーズン後半から投入された最新スペックのHBエンジンならマイケルもミカ（ハッキネン）も速く走ることができていたけれど、シーズン前半、エンジンが非力だった時に戦闘力を引き出す走りができたのはセナだけだったんだと、今は確信しています。
狭いF1コックピットの中で、『レーサー・オブ・レーサー』のアイルトン・セナが特別なテクニックをフル動員してタイムを削っていたF1グランプリマシン、それがマクラーレンMP4／8。
凄いもの撮らせてもらった。あー、これ思い出してたら、興奮して眠れなくなっちゃいました。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
●GP Car Story Vol.30「マクラーレンMP4／8」は好評発売中
●GP Car Story創刊30号記念特別企画「マクラーレンMP4／8」限定ミニチュアカー 実行確約型クラウドファンディングにて受付中
https://crowdfunding.sun-a.com/projects/gpcs30
澤田賢志（さわだけんじ）
1960年生まれ。主にカメラマンとしてアマチュア時代の1987年から2008年まで20年余に渡りF1の最前線で取材を行なう。“けんさわ”の愛称で呼ばれ、コラムにネットにイベントに特異なキャラクターを発揮。撮影、執筆、ブログ、レーシングドライバーなど活躍の幅も広い。現在は地元北海道でタクシードライバーを務めており、F1時代に培った英語力で海外観光客を一手に引き受けるエース格に。今年、マカオGPを訪れ、数年ぶりにレース現場を取材した。
