誰もがF1オーストラリアGPは開催できないことを理解し、ようやく行動を開始したのは、チームの会合が終わった木曜の深夜になってからだ。しかし、FOG(フォーミュラ・ワン・グループ)、FIA、AGPC(オーストラリアGPコーポレーション)の三者は、何とかオーストラリアGP中止の責任を負わされるのを避けようとチキンレースを続けた。
オーストラリアGPの公式な大会主催者はAGPCだ。しかし、彼らは公的資金による支援を受けているため、実際に費用を負担するビクトリア州政府の意向に従わざるをえず、AGPCの幹部は州政府と絶えず連絡を取り合っていた。
もし彼らがイベントの中止を決めれば、開催権料は戻ってこない可能性が高く、それに加えてチケットの払い戻しも必要になって、多くの訴訟が起こされるかもしれない。また、このイベントへの公共投資は、毎年レース開催に反対する人々に対する“政治的武器”としても使われており、それらをすべて失うことは現地の関係者にとって大打撃になる恐れがあった。
一方、FOGもこれと似たような立場に立たされていた。彼らのほうからキャンセルを言い出せば、開催権料は返金を余儀なくされ、訴訟に直面するリスクもあることから、アメリカ人たちも態度を明確にしなかったのだ。
そして、FIAはどうしていたかと言えば、彼らはずっと傍観者のように口をつぐんでいた。FIAが主導してイベントを中止させれば、AGPC、FOG、チケット購入者が一斉に裁判を起こすかもしれないからだ。こうしてこの三者は、自分が最初に動いた者になるのを恐れて牽制しあう、いわゆる“メキシカン・スタンドオフ”(注:至近距離で互いに銃を向けあい、誰も動きが取れない膠着状態)に陥っていた。
夜を徹しての話し合いでも合意には至らず、翌朝7時に会議が再開されたところで、まず州政府が先手を打った。午後に予定されていた2人乗りF1カーの同乗走行に向け、ゾルト・バウムガルトナーとパトリック・フリーザッハーが練習走行を始めるなか、AGPCは州政府の同意を得た上で、F1を除いた週末の全プログラムを中止すると発表した。
つまり、V8スーパーカー、アジアンTCR、ヒストリックカーのデモ走行とレースは、その他の催しと併せてすべてキャンセルされ、F1についてはFOGとFIAの判断に任せるという形を取ったのだ。