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レーシングオン ニュース

投稿日: 2021.08.10 08:15
更新日: 2021.08.10 08:22

『マツダ767』4ローター搭載専用マシンの誕生、栄光へのさらなる一歩【忘れがたき銘車たち】

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レーシングオン | 『マツダ767』4ローター搭載専用マシンの誕生、栄光へのさらなる一歩【忘れがたき銘車たち】

 モータースポーツの「歴史」に焦点を当てる老舗レース雑誌『Racing on』と、モータースポーツの「今」を切り取るオートスポーツwebがコラボしてお届けするweb版『Racing on』では、記憶に残る数々の名レーシングカー、ドライバーなどを紹介していきます。今回のテーマは、マツダ767です。

* * * * * *

 マツダが日本車初のル・マン24時間レース制覇という偉業を成し遂げてから30年。この連載で以前、マツダが総合優勝を狙うために、それまでの方針から大きく方向転換をしたマシン『マツダ757』を紹介した。

 マツダは、この757において初のシングルフィニッシュを果たした。これをステップとして、さらに上位を目指すために1988年にニューマシンを投入した。それが今回紹介する、『マツダ767』である。

 767の設計は、先代の757と同様に、GTIエンジニアリングのポルシェ962Cなどを手掛けていたナイジェル・ストラウドが担当した。

 シャシーは、757と同じくアルミモノコックだったが、前年に『757E』と呼ばれた車両にテスト導入し、この767で本格投入されることになる4ローターの13J型エンジンを搭載するために、ホイールベースを20㎜延長した。

 さらに、4ローター化によるパワーアップに対応するため、ダウンフォースを増加させる狙いからフロントカウルのノーズ長も100㎜延長。リヤウイングも757ではカウル一体型だったものが、独立式のものへと変更された。

 4ローターエンジン搭載によるパワーアップのみならず、空力向上のためにエクステリアデザインにも大きく手が加えられた767は、1988年の全日本プロトタイプカー耐久選手権(JSPC)で実戦にデビューした。

 その後、マツダは国内選手権でテストを重ねて、いよいよ本番となるル・マン24時間レースへと挑んだ。

 マツダは、1988年のル・マンにおいて2台の767を投入した。予選から4ローター化による100馬力近くのパワーアップの恩恵などもあり速さを見せていたが、決勝では2台ともにエキゾーストトラブルが発生してしまう。

 その修復作業に時間を取られたが、なんとか両車とも完走を果たしたものの順位は低迷。マツダの3台目として参戦していた757に後塵を拝し、IMSA-GTPクラス優勝も奪われるという、屈辱の結果に終わった。

 このトラブルの反省からマツダは翌1989年、改良熟成型の767Bを開発。この“B”で、767の雪辱を果たすため、再びル・マンへとチャレンジすることになるのだった。

従野孝司/エルベ・ルゴー/ウィル・ホイが駆り、総合19位フィニッシュを果たした202号車。後方出しだったエキゾーストが大きく後退を余儀なくされるトラブルの一因になった。
従野孝司/エルベ・ルゴー/ウィル・ホイが駆り、総合19位フィニッシュを果たした202号車。後方出しだったエキゾーストが大きく後退を余儀なくされるトラブルの一因になった。


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