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投稿日: 2022.06.29 12:05

【ル・マン24Hブログ(3)】99年前のトロフィーとホンダ『無敵艦隊』の生傷に大興奮/“ヘンタイ”カメラマン現地情報

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Blog | 【ル・マン24Hブログ(3)】99年前のトロフィーとホンダ『無敵艦隊』の生傷に大興奮/“ヘンタイ”カメラマン現地情報

 レース界のマニアック“ヘンタイ”カメラマンこと鈴木紳平氏が、今年も愛してやまないル・マン24時間レースへと取材に赴きました。コロナ禍の各種制限がほぼ解除されたフランス・ル・マンはどんな様子なのか? ヘン愛に満ちた鈴木氏の視点で、ル・マン現地の“細部”をお伝えしていきます。

 第2回に引き続き、今回も『ル・マン・ミュージアム』内部の様子をご紹介。99年前の逸品、そしてとある2輪車が鈴木氏のハートに刺さりまくったようです。

* * * * * * * 
 日本のモータースポーツファンの皆様いかがお過ごしでしょうか。

 ル・マンブログ3回目は、第1回ル・マン24時間優勝トロフィー、そして“無敵艦隊”を皆様に御紹介したいと思います。私的に今回のミュージアム訪問でテンションMAXになった瞬間でもあります。

 その感動を皆様にお伝えすべく、ル・マンブログ3回目“ル・マンミュージアム 無敵艦隊・優勝トロフィー編”いってみましょう!


 再びのル・マンミュージアムであります。ブガッティサーキットメインゲートの横(1コーナー外側)に隣接しています。今年はこのメインゲートが渋滞緩和のため、レースウイーク中の車の往来が禁止となり、苦労しました。


 話がいきなり脱線しますが、皆様も一度は写真で見たことがあるであろうサーキットとミュージアムを示すこの看板、アルナージュに設置されています。正確にはアルナージュコーナーの外のラウンドアバウト手前に設置されている看板です。


 第1回ル・マン24時間優勝トロフィーであります。99年前の本物です。

 1923年、第1回ル・マン24時間を企画した3人のうちの1人であるホイール会社の社長、エミール・コキールさんが古代ギリシャへのインスピレーションも元に作成し、優勝者であるフランスの自動車メーカー“シュナール・エ・ワルケル”へ与えられたトロフィー。

 そのトロフィーは99年もの間、子孫たちによって保管され、この度ル・マンミュージアムへ貸与、展示されることになったようです。台座は大理石、本体は真鍮製のようです。


 台座には1923・24・25年の文字が刻まれます。優勝トロフィーが3年ごと(2年ごとの期間も有り)に新しくなるというルール(現在は3連覇すると譲渡され永久保存)はここにルーツがあるようです。


 第1回ル・マン24時間優勝トロフィーは優勝車である『シュナール・エ・ワルケルU3-15 トルペード スポール』(レプリカ)と共に展示されています。さり気なく展示されていますが、99年前の本物です。ただ、私ひとりで大騒ぎしていましたが他のお客さんは意外にも興味を示しません。


 ご存じの方もいるとは思いますが、現在の総合優勝者に送られるトロフィー中心にこの第1回ル・マン24時間優勝トロフィーがデザインされ、その精神は脈々と受け継がれています。


 さてここからは2輪コーナーです。今年になってル・マンミュージアムは2輪コーナーが充実。奥にヨシムラのマシンも見えますが、私には一番手前のバイクしか目に入りません。


“無敵艦隊”ホンダ RCB1000であります。初めて本物を見ました。株式会社三栄発行の『RACERS』62号で詳しく紹介され、我がCBX1000のエンジンの原型でもあるRCB1000。感動であります。ですがフランス人は全く興味を示していない様子です。


 表示には1978年とあります。詳しく見ていきましょう。


 1978モデルとありましたが特徴的なフロントオイルクーラーの搭載位置、カウルの形状、ゼッケン1番から1977(481)と思われます。レストアもされず当時のままの姿と思われますが、汚れ、傷が生々しく異様な迫力を醸し出します。


 キックペダル、4-2-1のエキゾーストが見えます。フレーム下のプレートは『RCB750F-210』とあります。


 美しいので反対側も見ます。特徴的な背面ジェネレーターが見えます。このフレーム形状からするとやはりこの個体は1977(481)と思われます。このシリアルナンバー210番がどのような個体かは分かりませんが、生傷の迫力に圧倒されます。


 チャンピオンの証であるゼッケン1番。リアダンパーが上部にくる特徴的な1977(481)のリアサスペンション。軽量化の為の無数の穴が空けられ当時の息吹を感じます。またプラスチック製のファンネルがトリコロールカラーに映えます。


 RACERSによると1977(481)からフロントにはクイックリリースが採用されその為にキャリパー搭載位置が後方から前方上部へ移設されたとあります。コムスター・ホイールが当時を偲ばせます。


 フロントマスクが特徴的な1977(481)RCB1000。オイルクーラーはタイラップで固定されています。フロントフェンダーカバーには『HONDA minolta RACING』とあります。


 他には1972年のボルドールを制した、ロジャー・ルイス/ジェラルド・デブロック組のジャポートホンダも。


 そしてもう一台、ホンダCR750『デイトナ』も展示されていました。


 皆様いかがだったでしょうか。やはり本物にはオーラがあると感じた今回のル・マンミュージアム。ル・マンを愛し、理解するには不可欠な訪問と感じた次第です。奇しくも今回の遠征に持ち込んだTシャツがRCB1000 1976(480)。この想いが筆者とを引き合わせてくれたのかもしれません。ル・マン24時間100周年である来年はどんな趣向で我々驚かせ、楽しませてくれるのか、期待せずにはいられません。

 さて、次回のブログではレースウイークを振り返ります。それでは。


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