世界中で猛威を振るう新型コロナウイルスの感染拡大防止策を受けて、長らく開催延期となっていたニュルブルクリンク耐久シリーズ(NLS)が、2020年6月27日についに幕を開けた。
そしてこの日は、TOYO TIRESがニュルブルクリンクのレースに10年ぶりに帰ってきた記念日ともなった。
厳しい状況の中で140台ものエントリーを集めたニュルブルクリンク耐久シリーズ(NLS)の初戦。注目は、170号車のNovel Racing with TOYO TIRES & RING RACINGだ。
■TOYO TIRESが10年ぶりにニュル復帰。ニュル24時間プロジェクト始動!
この日のレースから、Novel RacingとTOYO TIRES がタッグを組んでニュルブルクリンク24時間耐久レースを見据えた新プロジェクトが、いよいよ始動したのだ。TOYO TIRESにとっては、10年ぶりのニュルブルクリンクへの復帰となる。
レースプロジェクトを担うNovel Racingは、唯一NSLシリーズ全戦と24時間レースに参戦している日本チームだ。2020シーズンは、ニュル近郊にファクトリーを構えるRING RACINGとコラボレーションして早くも6年目の挑戦となる。
マシンは、2019年に発売されたトヨタ・スープラのレーシングカーバージョンであるFIA GT4規格車『GRスープラGT4』だ。GRスープラGT4はこの日がデビュー戦とあり、Novel Racingの紺色のイメージカラーを纏ったマシンは、他のエントランスからも多くの視線を集めていた。
なお、奇しくもTOYO TIRESのブランドカラーも青色。マシンを染めた濃紺のボディカラーに、初のタッグでチャレンジするNovel RacingとTOYO TIRESの白いロゴがひと際、目を引いた。
ドライバーは3名。ニュルのオフィシャルチーフインストラクターを務めるアンドレアス・ギュルドナー、普段のレースではレクサスISF CCS-Rを駆りRING RACINGで活躍するミヒャエル・ティッシュナー、そしてRING RACINGの代表でもあるウーヴェ・クレーンである。
そして2020年6月27日。日本政府からは、いまだにドイツへ渡航禁止令が出されている。そのため、残念ながら今回のレースでTOYO TIRES商品開発グループのエンジニア、モータースポーツチームのスタッフ、Novel Racingの渡邊 卓代表たちは現地へ出向くことは叶わなかった。
レースの現場はクレーンをはじめとするRING RACING、そしてTOYO TIRESのドイツの駐在スタッフである技術責任者、酒井秀之らに託された。
日本からは、Zoomを通してサーキットを見守ることに。主にピットに備えられたカメラから流される映像とデータ、そしてクレーンからの情報を読み取り、渡邊代表は現場にいるかのように的確な指示を出す。
同時に、酒井が現場でタイヤ管理やデータ収集を担当、日本にいる開発スタッフへタイヤの情報が常時共有される体制がとられた。
開発スタッフは、TOYO TIRESが10年前にニュル24時間レースに挑んだ際も、現場でタイヤと格闘していた。その当時はテクニカルトラブルのため、ゴールを待たずしてニュルを後にした苦い経験もあったという。
いつかその悔しさを糧に、ニュルに再び挑戦し、地元ドイツ勢の戦友らと共にチェッカーフラッグを受ける。そう心に誓っていたエンジニアの思いは、10年の時を経てついに実現の運びとなったのである。
■GRスープラGT4がスターティンググリッドに。徹底的なデータ収集が鍵
決勝レースを翌日に控えた金曜日には、フリープラクティスが行われた。GRスープラGT4は、ハードタイヤでコースイン。しかし、ドライバーからはグリップが掴み辛いという声が届く。金曜日は気温と湿度が高かったのだが、どうやらこの日の路面μとハードタイヤがマッチしなかったようだ。
現場にいる酒井は、ピットに戻ったGRスープラGT4のタイヤを素早くチェックし、対応に追われた。酒井はコンパウンドの専門家であり、この開幕戦のデータを活かして、8月の第4戦に使用するタイヤ開発の資料を作成しなくてはならない。そのためにも、ドライバーの声に耳を傾け、情報収集に当たることは欠かせない作業となる。
日本の開発スタッフは、3月に行われたVLNオフィシャルのプレシーズンテストで得たデータをもとに、開幕戦用のタイヤを用意。ハードとミディアムハード、レインタイヤの3種類を日本から送り込んでいた。
しかし、プレシーズンテスト以降は新型コロナが物流を始めとするさまざまな方面で多大な影響を与えたため、当初予定をしていた試作品を作ることができず、開幕戦はテストの際に使用したタイヤの在庫で走らざるを得ない、という事情があった。
今回は現場から送られてくるデータをもとに解析などをリモートでこなしていたが、実際の現場でなければ得られないことは少なくない。今回、一番もどかしい思いをしていたのは、日本の開発スタッフに違いない。
とはいえ、そもそもは開幕戦に出場できることが、まるで奇跡なのだ。日独混合のチームの結束なしでは、GRスープラGT4がスターティンググリッドに並ぶことは決してできなかっただろう。
翌土曜日、早朝から続々とチーム関係者がパドックへと集まってきた。前日までの暑さとは打って変わり、肌寒ささえ感じる程に気温はぐっと下がったが、パドックはいつも通りのニュルの活気に溢れていた。
午前中、1時間半に渡って行われた予選でGRスープラGT4は8分46秒046をマークし、総合37番手、クラス7番手につけていた。決勝レースは、正午ちょうどからのスタートだ。しかし、色とりどりのマシンがグリッドに整列しはじめたころには、風が樹々を大きく揺らすとともに雷が低く鳴り響きはじめた。
そして第1グループがフォーメーションラップに入ったのと同時に、真っ黒な雲からこぼれ落ちた雨が路面を叩き出し、そのままレースの幕は切って落とされた。
幸いにも雨は先頭集団が2ラップ目に入るあたりで収まり、トラックは徐々に乾き始めた。GRスープラGT4のスタートドライバーを担ったギュルドナーは、安定した走りを続ける。
ギュルドナーは走行中、無線を通してマシンやタイヤに対して率直なコメントを矢継ぎ早に伝えてくる。時に辛辣ではあるが、ニュルのベテランから発せられる声は、今後のレースへの重要な糧となる。日本から無線を聞く渡邉代表や開発スタッフも真摯に耳を傾けた。
第2スティントの担当はティシュナーだ。完全なドライコンディションとなり、ティシュナーは順調にペースを上げる。
ピットには、ケルンにあるToyota Gazoo Racing Europeからやってきた2名のサポートエンジニアの顔もあった。彼らはGRスープラGT4のテクニカルサポートを担当する。
スープラに限らないことだが、出来上がったばかりの新車にトラブルは付き物だ。サポートエンジニアは常時、マシンのコンディションに対して細かく対応する。
また、FIA GT4レギュレーションと同じ規定で走るSP10クラスでは、車両を自由に変更できる部分はごく僅か。タイムを縮めるには、セットアップをどこまで詰められるかが決め手になる。
ニュル24時間レースへ向けては、ドライバーからの情報をもとに足まわりの設定をいくつも試し、データをできるだけ多く収集するのが重要となるのだ。
第3スティントでステアリングを握ったのはクレーンだ。気温と路面温度がすっかり上がり、タイヤの摩耗が厳しくなるコンディション下で、いかにタイヤを有効に使えるかを念頭に置きながらGRスープラGT4を走らせた。
当初の予定では1スティントを9ラップで回す予定だったのだが、途中から気温が上昇してきたためタイヤのコンディションを考慮し、1スティントを6ラップへと設定変更。
実際にはイエローフラッグが振られたり、コード60(アクシデントのあった場所で速度が60km/hに制限されること)のエリアも出現したりで、8ラップを走行できたスティントもあった。様々なコンディション下でデータを集積できたのは収穫だ。
そして時計の針が午後4時を指し、短くも長くも感じられた4時間の耐久レースにチェッカーフラッグが振られた。GRスープラGT4は高まる期待と緊張の中で25ラップを走り切り、Novel Racing with TOYO TIRES & RING RACINGは、初戦を総合33位、クラス5位という成績で無事に終えることができた。