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スーパーGTニュース

投稿日: 2013.10.18 00:00
更新日: 2018.02.16 19:27

高橋国光総監督にLMホール・オブ・フェイム授与


 18日、WEC世界耐久選手権第6戦が開催されている富士スピードウェイで、スーパーGT500クラスでチーム国光を率いる高橋国光総監督に、ル・マン24時間での活躍に敬意を表し、『ル・マン・ホール・オブ・フェイム』が授与された。

 このル・マン・ホール・オブ・フェイムは、ル・マン24時間の90周年を記念してWEC開催の各サーキットで授与されているもので、この日は富士スピードウェイでのウエルカムパーティの場で、ACOフランス西部自動車クラブのピエール・フィヨン会長から高橋総監督が呼ばれ、ル・マンでの功績が称えられた。

 高橋国光総監督は現役時代、1986年にル・マンに初挑戦。二輪時代からヨーロッパのモータースポーツ文化に感銘を抱いていたという高橋総監督は、「ル・マン24時間レースは人生の縮図といえるほどすべての要素が詰まった特別なレースだと思っています。このレースに参戦、チャレンジすることを通じてあらためてヨーロッパの人々のレースに対する理解、見方に感心させられました」とル・マンへの思いを語った。

 86年の初挑戦から5年は、ポルシェ962Cで参戦を継続。1989年には火災に見舞われることもあったが、1995年には自チームのホンダNSX-GT2を駆り、土屋圭市、飯田章と組み見事クラス優勝を獲得。“純日本チーム&ドライバー”での栄冠を勝ちとった実績ももつ。

 この日の授与式では、フィヨン会長からプレゼンターとして、「日本人最年少にしてル・マン24時間を戦い、今後ル・マンでの活躍が期待されるドライバー」として小林可夢偉が指名された。高橋総監督は、可夢偉から記念のブレザーを着せてもらうと満面の笑みを浮かべた。

「サポートしていただきましたすべての方々に感謝をいたします。と同時に、皆々様のおかげで受賞することになったことをあらためて実感しております」と高橋総監督。記念のブレザーのほか、90周年のトロフィー、フィヨン会長のサインが入った写真を受け取っていた。