アンヘル・ニエトは1964年から1986年までロードレース世界選手権で活躍し、22年間で90勝を収め“12+1”回のタイトルを獲得した。(迷信深い彼は引退するまで決して“13”とは言わなかった)

 ニエトがレースを始めたのは1960年代で、当時のスペインはフランシスコ・フランコによる独裁政権下にあった。政府は外国製品の輸入を大きく制限していたため、外国製のバイクは珍しいものだった。

 フランコ政権時代のスペインではセアトがもっとも一般的なクルマだったが、大衆に手の届くシロモノではなかった。デルビやブルタコ、モンテッサ、オッサといった国内メーカーが手の届くクルマの販売を開始したころ、スペイン国内でバイクブームが起こる。バイクブームにより、スペインの人々はこぞってバイクを買い求め、バイクに深い愛情を注ぐようになった。

 バイクブームが始まったことにより、バイクメーカーはレースに視線を向けるようになった。特に大きく活動していたのがデルビだ。デルビはレーシングプログラムを開始するために多くの人員と予算を割り当て、“12+1”回のタイトルを獲得したニエトを広告塔として起用した。

 競争力のあるレーサーは他にもいたが、ほぼ自分ひとりの成功だけでバイクを人気のあるスポーツに変えたニエトはカリスマとして君臨していた。

 他のライダーたちがレーストラックから身を引こうとするなか、レース文化がスペインに根付き始めたと感じていたニエトは、若い才能を育てるために自らのチームを設立。スペインの企業はニエトとその教え子たちにビジネスのチャンスがあることを少しずつ認め始め、レプソルやデュカドスといった企業がパドックを構えだした。

 スペイン企業のドルナがロードレース世界選手権のプロモーターとなってから、物事はよい方向へと向かっていった。スペインのプロモーターとスペインのレジェンドが若手を育て始め、物事はひとつの方向へと進みだしたのだ。

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