モータースポーツや自動車のテクノロジー分野に精通するジャーナリスト、世良耕太が『マツダ MX-30 ロータリーEV』を試乗する。約11年ぶりに復活したマツダの市販ロータリーエンジン搭載モデルは、エンジン好きの筆者も大注目の一台。その実力を深掘りしていこう。
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使い方はどうであれ、ロータリーエンジンが復活したことに変わりはない。できれば聞かせたくないらしいが、刺激的かどうかは別にしてロータリーサウンドを断続的に発していることもまた事実である。
2023年に販売を開始した『マツダMX-30ロータリーEV』のことだ。MX-30には2020年に国内導入されたEVモデルがある。マツダ初の量産電気自動車(BEV)だ。MX-30としての提供価値はそのままに、BEVとしての機能拡張を目的に開発されたのが、MX-30ロータリーEVである。電欠の不安を解消するために、発電用のロータリーエンジンと発電機を追加したというわけだ。
バッテリー容量は、EVモデルの半分となる17.8kWhとした。WLTCモードによるEV走行換算距離は107kmである。これだけの航続距離があれば、日常的な使い方のほとんどをカバーできるはず。
レジャーや出張などで遠出をする際は、ロータリーエンジンを始動して発電し、つくった電気で最高出力125kW(170ps)、最大トルク260Nmのモーターを駆動して走る。
ロータリーエンジンは発電機を回すだけ。エンジンの出力軸にはつながっていない。MX-30ロータリーEVはだから、シリーズ式プラグインハイブリッド車である。
燃料タンク容量は50リッターある。WLTCモード燃費は15.4km/Lなので、計算上はガソリン(レギュラー仕様)だけで770km走れることになる。107kmのEV走行と合わせれば877kmだ。EVモデルの一充電走行距離は256kmだから、ロータリーEVは確かに、BEVとしての機能を拡張している。
ロータリーエンジンは新開発した。1973年に生産を始めた13B型の2ローター・ロータリーエンジンは2012年にRX-8の代で生産を終了しているので、約11年ぶりにロータリーエンジンが復活したことになる。
新しいエンジンを開発するならゼロベースで開発しようと、熱効率改善をテーマに基本諸元を見直した。13Bは654cc×2ローターだったが、新開発の8Cは830cc×1ローターである。エンジン名称の数字は総排気量を表す(830ccなので8)。ゼロベースで開発したエンジンなので、Bの次のCが与えられたというわけだ。
排気量を増やしたのは、発電機として求められる出力を1ローターで発生させるためである。13Bとの対比でいえば、ポート噴射だった燃料噴射は直噴になり、点火プラグは2本から1本(トレーリング側を廃止)になった。直噴化によるノッキング抑制などによって、幾何学的圧縮比は13Bの10.0から11.9へと大幅に向上している。
鋳鉄だったサイドハウジングはアルミ化し、台あたり15kg以上もの軽量化を果たした。鋳鉄に比べて硬度の低いアルミでは、回転運動するローターに装着されたシール部材の摺動に対する耐久性が確保できないため、高い耐摩耗性を持つ硬化層を摺動面にコーティングする必要がある。
白羽の矢が立ったのが、炭化クロム(Cr3C2)を主成分とするサーメット溶射だ。サーメット溶射自体は1991年のル・マン24時間レースで総合優勝したマツダ787Bが搭載するR26B型の4ローター・ロータリーエンジンに適用されていた。R26Bの場合は量産性を考慮しないガス爆発式工法で溶射していたが、問題はものすごく大きな音がすること。
量産には適しておらず、8Cへの適用にあたっては高速フレーム法を選択した。燃焼ガスの圧力によって半溶融の粒子を高速で基材にぶつけることで、しっかり食い込ませる工法だ。自動車用大物部品としては、世界初の量産適用となる。
8Cの最高出力は53kW/4500rpmだ。コンパクトなロータリーエンジンのおかげで、ロータリーEV(最高出力125kW)はEVモデル(最高出力107kW)よりも高出力のモーターを搭載することができたとマツダは説明する。
狙うのはBEVの機能拡張なので、エンジンの存在は極力消したい(もったいない気もするが)。せっかくの静かな走りがエンジンの音で邪魔されてしまうからだ。
しかし、バッテリー残量が少なくなれば、エンジンをかけざるを得ない(そもそも、そのために積んでいる)。快適な走りを損なわないよう、乗員に気づかれないような状況でエンジンを始動させ、いったん始動させたら短時間でたくさん充電できるような制御を取り入れた。
走行モードは「EVモード」「ノーマルモード」「チャージモード」の3種類だ。EVモードはSOC(使用可能なバッテリー残量)が0%になるまでEV走行を継続するモード。SOCが0%になるとエンジンがかかり、SOC0%を維持しながら走行を続ける。SOCが充分にあっても、ドライバーが強い加速を求めた際はエンジンを始動して発電し、バッテリー出力をサポートする。
チャージモードは10%刻みで設定したSOCを維持するモードだ。現状より高い側だけでなく、低い側にも設定できる。例えば、自宅周辺の住宅街はEVモードで静かに走りたいので、SOCを20%は残しておきたい。でも、帰宅したら自宅で充電できるので、それ以上残す必要はないというような使い方ができる。
ノーマルモードは必要な出力とエネルギー残量に応じて自動的にエンジンを始動する。基本はEV走行だが、ドライバーの加速要求が大きいときはエンジンを始動して発電し、バッテリー出力をサポートする。SOCが45%になるまでは、基本的にEV走行だ。
SOCが45%を切るとエンジンをかけ始めるが、緩い加速では車速が40km/hに達するまではエンジンをかけない。エンジン音が目立ってしまうからだろう。渋滞した都内幹線道路を走っている際はEV走行に終始し、32%までSOCが低下するのをメーターで確認した。
SOCが低下した場合は発電頻度を増やすため、加速度を判断基準に、発電を開始する車速を低くしていく制御を取り入れている(「2023年マツダ技報」参照)。それでも、渋滞時の緩い加速ではエンジンは始動しない。
車速が上昇すると、待ってましたとばかりにエンジンは始動する。意識していれば、エンジンがかかっているのがわかる程度に控え目だ。何かの拍子に洗濯機が脱水する音が聞こえて、「そうだ、洗濯してたんだった」と気づくときのような、遠くで音がしている感じである(ちなみに、事情を知らない同乗者は終始無反応だった)。
エンジンがかかり始めると、ごく短時間でSOCの数字は増える。高速道路に乗ろうものなら、あっという間にSOCは回復する。車速が高いほど、緩い加速でもエンジンを始動させるし、高めのエンジン回転で発電するからだ。
40km/hでエンジンが始動した直後は2500rpm、80km/h走行時は3000rpm前後で、加速や車速に応じて回転数は変化する。加速とエンジン回転の上昇がリンクしているので、違和感は感じず、むしろ心地良い。
ただ、このクルマは発電用のロータリーエンジンを積んでいて、SOCの状態や加速要求に応じてエンジンがかかることを知っており、そのことに興味がある人だったら気づくかもしれない、という注釈が必要なくらい、エンジンの存在は控え目だ。
ロータリーエンジンが復活したのは間違いないが、完全に黒子に徹している印象。耳を澄ませばロータリー。そんな感じである。