1994年に始まった全日本GT選手権(JGTC。現スーパーGT)では、幾多のテクノロジーが投入され、磨かれてきた。ライバルに打ち勝つため、ときには血の滲むような努力で新技術をものにし、またあるときには規定の裏をかきながら、さまざまな工夫を凝らしてきた歴史は、日本のGTレースにおけるひとつの醍醐味でもある。
そんな創意工夫の数々を、ライター大串信氏の選定により不定期連載という形で振り返っていく。第3回となる今回は「レース車両開発“以前”から始まっている戦い」についてである。
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2009年の車両規則改定までは、スーパーGT(JGTC)の車両規則は、参加できる車両について「FIAが定めるグループN、A、B及びJAF量産ツーリングカー(N1)または特殊ツーリングカー(N2)として公認された車両」と定めていた。
具体的にはN1の場合は連続する12か月間に2500台、N2の場合は500台が生産販売されなければ、公認は得られなかった。これがいわゆるホモロゲーションという制度である。このように、量産車改造クラスであるGTには元々、「少数しか存在しない特殊な車両を認めない」という理念があった。
だが、競技車両を開発する技術者たちは「ハイそうですか」と引き下がるほど素直な人々ではない。定められた競技規則の中に、何か抜け道を探し出してライバルを出し抜こうと知恵をしぼる。その結果生み出される、あえていうなら「裏技」は、レーシングテクノロジーを楽しむファンの好奇心をこれでもかと刺激するものだ。
ホモロゲーションについてもこれまでいくつかのアイデアがひねりだされた。まずホモロゲ技を繰り出したのが1997年に登場したホンダNSXだった。
NSXは、車体底面に空気を流してダウンフォースを生み出す空力マシンで、空気の流れを乱さないよう、底面に露出した燃料タンクをパネルで覆い、底面を1つの平面に成形していた。ホモロゲーションを受けた量産モデルには装備されていないパネルを追加すれば車両規則違反になるが、開発陣は車両規則に「量産メーカーの純正オプションならば追加してよい」とする追加条項に着目、パネルを純正オプションの「タンクガード」として設定して車両規則の壁をすり抜けた。
エンジン吸気にラム圧をかけるためのルーフインテーク(02年には大型化して、いわゆる“ちょんまげ”に進化する)も純正オプションパーツとして追加され、競技車両に装備された。
開発陣は「もともと存在した純正オプションを流用しただけ」と、それを証明するための正式なカタログを示したものだったが、実際にはあくまでもレースのために作られ、ついでに一般販売された“ホモロゲパーツ”であった。
もう少し大掛かりなホモロゲ技は、04年のニッサンが繰り出した。
ニッサンはGT-Rの生産中止に伴い新たなベース車両をフェアレディZにしたが、02年7月に発売されたオリジナルZはベース車両として大きな課題を抱えていた。発売されたZは、前後オーバーハングを切りつめたコンパクトな未来型スタイルが特徴だったが、フロントノーズが短いため車体下面でダウンフォースを生み出すことが難しかったのだ。
そこで04年、ニッサンはレースのためにメーカー公認パーツを準備し、ベース車両の形状を変えてしまうという荒業に踏み切り、公認パーツを装備した特別仕様限定車であるタイプEを発売した。