2番手のENEOS X PRIME GR Supraが、ものすごい勢いで迫って来る。ドライブしているのは、“バトル上等”の山下健太だ。一方、Astemo NSX-GTの塚越広大とて、幾多の勝負で競り勝ってきた猛者。だが今回は『攻め』ではなく『守り』の立場。しかもマシンのスピードは明らかに向こうが上だ。
レースは第3スティントに入り、残りラップは10周になろうとしている。Astemo NSX-GTとENEOS X PRIME GR Supraは、このあと確実にテール・トゥ・ノーズの状態になると思われた。その勝負の行方を、Astemo REAL RACINGのピットではハラハラしながら見つめていた。こんなときこそ、元ドライバーの監督ならではの的確な無線が活きるはず。しかし……。
「もう見ていられないという感じでした(笑)。広大を落ち着かせようとするんだけど、何しゃべったらいいのかなとも思うし、でもなんか言ったほうがいいだろうと考えながらしゃべった感じで。あいつは夢中になると、こうなる(入り込む)タイプなので、一方通行でも情報を入れてやったほうがいいかとは思っていた」
そう語った金石勝智監督のレース中の心拍数は、相当高かったに違いない。迎えた102周目の1コーナー。山下がブレーキングでアウトから並び、一瞬前に出る。しかし、1コーナーを先に立ち上がったのは塚越のほうだった。
じつはこのとき、ENEOS X PRIME GR Supraのフロントウインドウはオイルの汚れで視認性が悪く、コーナーポストのフラッグの確認は無線頼りなところがあった。そして2コーナーでは黄旗が振られていた。ピットからは「2コーナーがイエロー!」という無線を入れたが、山下には「……イエロー!」としか聞こえず、「1コーナーだったらまずい」とあえて引いたのである。
一方、イン側にいた塚越は「ちゃんと立ち上がれば大丈夫だろうと思っていた」という。
「ただ、こちらに余力があったわけではないです。向こうも僕よりものすごくペースがいいわけではなく、たまに離れることもあった。それでもこっちがGT300に引っかかると、すぐ後ろにいたので恐怖でした」
ENEOS X PRIME GR Supraの勢いを、Astemo NSX-GTの田坂泰啓エンジニアは「脅威には感じなかった」という。「100Rでは離し、最終コーナーのトラクションも14号車よりかかっているように見えたから」
ただし、後半セクションのセクター3では苦戦していた。塚越は、「セクター2で離しても、それをセクター3で吐き出してしまう感じ。だから、なるべくセクター2で稼ぐようにしていた」という。そうして2台は近づいたり離れたりを繰り返しながら周回を重ねていく。
そこへ3番手に浮上してきたKeePer TOM’S GR Supraの平川亮が近づき、山下は前だけでなく後ろも見なければならなくなった。それも追い風となり、塚越は自身5勝目のチェッカーを無事受けることができた。
今回のAstemo NSX-GTの週末は、じつに浮き沈みの激しい展開だった。まずレースウイークの走り始めである公式練習のフィーリングがよくなかった。
前戦岡山の予選では惨敗したホンダ勢だが、Astemo NSX-GTの決勝は抜群のバランスで、直線以外は満足のいく仕上がりだった。低速テクニカル区間が多い岡山でバランスが良ければ、富士のセクター3も速く走ることができそうだが、マシンのセッティングはそう簡単にいくものではない。
それでも予選にはなんとか帳尻を合わせることに成功する。が、今度はアタックラップでトラフィックに引っかかるというアンラッキーが襲う。再アタックできる時間的猶予もなく、2戦連続Q1敗退という憂き目にあう。
しかし、翌日の決勝直前のウォームアップ走行では、依然として好バランスは保たれており、早々にトップタイムをマークしてみせる。その後、他車に更新されはしたものの、好タイムをいつでも出せる状況だった。