モータースポーツや自動車のテクノロジー分野に精通するジャーナリスト、世良耕太がメルセデス・ベンツEQE SUVを試乗。2023年8月に国内導入された『EQE SUV』は、『EQS』『EQE』『EQS SUV』に続く、メルセデスの第4弾のBEVとなる。優れたパッケージングと空力性能、大容量バッテリーによる長距離移動を誇る『EQE SUV』の魅力を深掘りする。
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メルセデス・ベンツ『EQE SUV』は、EVA2(エバツー)と呼ぶ電気自動車(BEV)専用プラットフォームを採用したBEVの第4弾だ。すでにセダンのEQSとEQE、SUV版のEQS SUVが導入されている。同じプラットフォームを採用しているので搭載している技術は同じ。違うのはサイズとシルエットだけと思いがちだが、そうではない。EQE SUVしか搭載していない最新の技術が投入されている。それだけ、技術の進化は早いということだ。
試乗した『EQE 350 4MATIC SUV』は全長4880mm、全幅2030mm、全高1670mm、ホイールベース3030mmである。同じSUVの『EQS SUV』より255mm短いが、決定的な違いは『EQS SUV』が3列シートであるのに対し、『EQE SUV』は2列シートであることだ。
『EQE 350 4MATIC SUV』が搭載するリチウムイオンバッテリーの容量は89kWhで、一充電あたりの走行距離は528kmである。4MATICの車名が示すとおり4輪駆動で、フロントとリヤに永久磁石同期モーターを搭載。システム最高出力は215kW、システム最大トルクは765Nmだ。
BEVはバッテリーに蓄えたエネルギーを有効に使うことで、1kmでも航続距離を延ばしたい。ターゲットとする航続距離を効率向上(あるいはロスの低減)によって達成できるなら、搭載するバッテリーは小さく済んで軽くできるし、コストの低減にもつながる。
そこで空力だ。レーシングカーならドラッグ(空気抵抗)の低減に意識を向けつつダウンフォースの増大を重視するところだが、量産BEVの場合はドラッグ低減が最重要課題だ。
空気抵抗を減らすことで走行に必要なエネルギーの消費を抑え、少しでも航続距離を伸ばす考えである。力を入れる領域が異なるだけで、空力マシンであることに変わりはない。
『EQE SUV』は床下の処理が徹底している。基本的にはフラットにして空気をスムースに流す考えだ。レーシングカーの空力は回転するフロントタイヤが巻き起こす乱流の処理が大きな課題になるが、量産車にとっても同様。タイヤの前にストレーキと呼ぶ板を立てるのはよく見られる例だが、『EQE SUV』の場合は下端をタービュレーターと呼ぶギザギザ状に処理してあり、ここでたくさん渦を作ろうとしている。
そのストレーキの前にはフロントホイールスポイラーと呼ぶガイドベーンがあり、空気を積極的にストレーキに向かわせする意図が読み取れる。タイヤを避ける流れをつくるのではなく、渦を利用してタイヤまわりの流れを制御し、ドラッグ低減を図る狙いだ。
スポイラーはリヤタイヤの前にも付けられており、やはり凝った形状をしている。前後のバンパー下がフラット化されているのは当然として、リヤサスペンションのスプリングの支持を兼ねるリンクには底面がフラットなパネルが取り付けられているし、床一面に搭載するバッテリーケースとサイドシル側のボディ骨格を埋めるようにサイドアンダーボディカバーが装着されている。
こうした徹底した処理により、空気抵抗係数Cd値は0.25を達成している。出力やトルクと違い、数字からすごさを感じ取るのは困難だが、ドラッグ低減に気を使っている様子はとことんフラットな床下と、凝った作りの空力デバイスから伝わってくる。
ヒートポンプの適用も航続距離を稼ぐためだ。走行中にモーターを駆動するとバッテリーが発熱するので、その熱を、車室内を暖めるヒーターの熱源として利用するシステムである。このヒートポンプの搭載で、航続距離は最大10%伸びるとメルセデス・ベンツは説明している。
新技術はまだある。ディスコネクトユニット(DCU)だ。高速道路でのクルージング時などでは大きな出力/トルクは必要ないので、フロントモーターは作動させず、リヤモーターのみ駆動して走る。
ただ、そのままではフロントモーターを連れ回して損失が生じるので、DCUを搭載してフロントモーターの駆動伝達部を機械的に切り離し、モーター連れ回しによる損失の低減を図る。
減速時に回生ブレーキを働かせる場合や、加速時にリヤだけでなくフロントのモーターも駆動する場合は、瞬時(0.24秒)にDCUがコネクトしてフロントモーターが機械的につながる仕組みだ。航続距離を延ばす効果は大きいので、商品改良のタイミングなどで市場導入済みのBEVモデルにも追加搭載されることだろう。
室内はエンジン搭載モデルも含め、最新のメルセデス・ベンツのモデルと共通した、ラグジュアリーと先進技術感がほどよくミックスしたムードで満ちている。
メルセデスのエンジン搭載モデルも静かではあるが、BEVには敵わない。エンジンに比べてモーターやインバーターは作動音がもともと静かなのに加え、作動音を抑える工夫とともに遮音・防音対策が徹底されているため、『EQE SUV』の車内は静寂そのものである。
移動時は静寂であることの贅沢を存分に味わうのもいいし、物足りないと感じれば、車内サウンドエクスペリエンスの機能をオンにし、3種類用意されたモードから好みのメニューを選ぶといい。
アクセルペダルの踏み込み量や車速、回生ブレーキ量など十数種類のパラメーターに反応して電子サウンドが変化。屋内型アミューズメント施設でスペースシップのアトラクションに興じているような非日常的な感覚を味わえる。
試乗車の車両重量は2630kgだったが、重さはまったく感じなかった。モーターの利点である反応の良さと、765Nmのシステム最大トルクが効いて、走らせるのにストレスがない。高速道路での本線流入や追い越しもやはり、ストレスがない。「このクルマ、動きが鈍いから追い越しはやめておこう」と自制を働かせずに済む。
車線変更時の身のこなしが軽いのは、リアアクスルステアリング(後輪操舵)の効果も大きいだろう。高車速域で車線変更するシーンでは、後輪は同相に切れ、ドライバーの操作に対して応答よくクルマが動く。
一方で、リアアクスルステアリングの最大の武器は低速時だ。エンジン搭載モデルも含めて近年のメルセデス・ベンツのウリになっているが、逆相時の切れ角が半端ではない。
『EQE SUV』の場合、なんと10度である。おかげで、全長が4880mmあり、ホイールベースが3030mmある、決して小さいとは言えないクルマの最小回転半径が4.8mで済んでいる。
トヨタ・アクアやスズキ・スイフトと同じ数値と記せば、EQE SUVの変態ぶり、いや、卓越した小回り性が伝わるだろうか。
乗員と荷物のためのスペースがたっぷりあり、室内は先進的かつラグジュアリー。最新技術の搭載により、ものすごく静かで、走らせるのにストレスがない(だけでなく、気持ちいい)。『EQE SUV』はそんなクルマだ。