スーパーGT300クラスやスーパー耐久をはじめ、日本国内でも多数のレーシングカーが輸入されているFIA-GT3規定車両。誰もが憧れる市販スーパースポーツがレーシングカーとなっていることはもちろん、独自の性能調整システムとコストキャップにより、安価ですぐに戦闘力があるレーシングカーが手に入ることから、世界中でこの車両を使ったレースが盛況となっている。では、その魅力はどんなものなのだろうか? 車種ごとに迫っていく。
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2013年シーズン、参戦台数が5台へと増加したSLS AMG GT3。いまや、GT300クラスの最大勢力である。そして、開幕戦では11号車のGAINER DIXCEL SLSが優勝し、5台中3台が入賞。昨シーズン、唯一の参戦となったシフト(GREEN TEC & LEON SLS)のドライバーズランキングが12位だったことを考えると、13年モデルは大幅なアップデートが敢行されて戦闘力が高くなったように感じるかもしれないが、そうではない。ライバル車に比べるとアップデートは控えめ。昨シーズンから、ポテンシャルの高さは垣間見えていたのだ。
市販モデルのSLS AMGが発表されたのは、2009年9月のフランクフルトモーターショー。特徴的なロングノーズとガルウイングドアは、SLクラスの初代モデルである300SLをモチーフとしているが、実質上はSLRマクラーレンの後継車となる。ただし、SLRマクラーレンはエンジンこそAMGからの供給であったものの、それ以外の製作はマクラーレンが担当。SLS AMGはすべてのパッケージングをAMGが手がけている。
そんなSLS AMGに、FIA-GT3仕様のレーシングモデルが登場したのは2010年3月。同年9月にはニュルブルクリンク耐久シリーズでデビューを果たし、2011年からヨーロッパを中心にモータースポーツへの実戦投入を開始した。アジア圏へのデリバリーは遅れていたが、そんな状況下でいち早く導入したのが、スーパー耐久のST1クラスでBMW Z4 Mクーペを駆り、2008年から4年連続でチャンピオンを獲得していたPETRONAS SYNTIUM TEAMだった。
チームにマシンが届いたのは2011年7月。2012年シーズンのスーパー耐久、ST-GT3クラスからの参戦を予定し、2台を購入した。チームではシリーズ参戦に先駆け、2011年9月に開催されたマレーシア12時間耐久レース(メルデカ・ミレニアム)に参戦。谷口信輝/柳田真孝/ドミニク・アン組が見事優勝を飾り、片岡龍也/ベルント・シュナイダー/ファーリク・ハイルマン組も3位に入賞。ちなみに、この優勝は世界的にもSLS AMG GT3の初勝利となった。そして、PETRONAS SYNTIUM TEAMとして車両のメンテナンスを担当していたシフトが、もう1台のSLS AMG GT3を購入。2012年シーズンのGT300クラスにエントリーしたのだ。
創業から120年以上という長い歴史を持つメルセデスにとって、カスタマー用のレーシングカーは意外にもこのSLS AMG GT3が初となる。開発したのはAMGの子会社であり、DTM(ドイツツーリングカー選手権)マシンを製作するHWAだ。
エンジンは構造、構成部品ともに市販モデルのSLS AMGと同じM159型のV型8気筒で、排気量はスーパーGTで最大となる6208cc。ドライサンプ化、フロントミッドシップマウントもSLS AMGで採用されているものだ。GT3による変更点は、性能調整(BOP)のためにFIA規定のリストリクターを装着していること。SLS AMGのカタログ値では最大出力571ps、最大トルク66.3kg-mとなっているが、GT3ではリストリクターが12年仕様で34.5mm×2、13年仕様で36mm×2となり、パワー&トルクともに抑え込まれている(GT3の出力値は未公表)。
外板パネルは市販モデルがアルミ製なのに対し、カーボン製へ変更(12年当初はドアのみアルミ製であったが、シーズン途中でFIAの認可が取れ、カーボンドアの使用が認められた)。また、全長で70mm、全幅で50mmワイドになり、ボンネット、フロントフェンダー、リヤバンパーなどに大型のエアダクトを設け、フロントにアンダーパネルとカナード、リヤにウイングとディフューザーが追加されている。
その他、市販モデルとGT3の違いは、足まわりのジオメトリーをレース用に、ミッションをゲトラグ製の7速DCTからヒューランド製6速に換装しているのが主な変更点。電子デバイスでは、トラクションコントロールとABSに加え、横滑りを防止するEPSも装備する。それともうひとつ、SLS AMG GT3で特徴的なのが、シートに固定式のカーボンシェルを採用し、ステアリングとペダルの位置をスライドさせてドライビングポジションを合わせる方式としていること。こうすることで、どのドライバーが座っても同じ位置に頭部がくるようにして安全性を高めているという。これには、フロントヘビーであるSLS AMG GT3において、ドライバー位置を常に後方に置くことで少しでも重心をリヤ寄りにしたいという狙いもあるのだろう。
そして、気になる13年モデルのアップデートについてだが、それほど大きな仕様変更はされず、トピックと言えるのは軽量化のみ。それも、ペダルのスライドケースがアルミからカーボンになったり、フレームなどで剛性や構造上に影響がない部分を肉抜きしたりといった細かい処理による、わずか9kgの軽量化だという。それでも、もともと1300kgを超えるヘビー級だったことから、多少の軽量化でもAMGにとっては13年モデルに向けた課題だったのだろう。
実際、昨シーズンを戦ったシフトのSLS AMG GT3は、エアコンを取り外すなどの軽量化を施して挑んだ第4戦SUGOで、2位表彰台を獲得した。その後は第5戦でGT500の激突を受け、そのダメージを引きずって最後まで思うような結果を出すことはできなかったが、すでに素性の良さは見せていたことになる。今シーズン、アップデートが少ないながらSLS AMG GT3を選ぶチームが増えたこと、さらに開幕戦での優勝というのも、納得の結果なのだ。