ホンダのこれまでのレーシングヒストリーを、撮り下ろしの写真と詳細な解説記事で紹介する特設サイト『Honda Racing Gallery』で、1997年の全日本ツーリングカー選手権(JTCC)で中子修がドライブし、ダブルタイトルを獲得したカストロール・無限・アコードが新たに紹介されている。

 Honda Racing Galleryでは、ツインリンクもてぎ内の『Honda Collection Hall』に所蔵されているマシンを中心に、『Racing on』、『F1速報』による撮り下ろしの写真と、その当時の時代背景なども踏まえた詳細な解説で紹介している。

 94年からスタートしたJTCCにシビック・フォリオを投入するものの、94~95年と苦戦を喫することとなったホンダ。ただ、96年シーズンにアコードを投入すると、最終戦までに8勝を挙げ、ドライバーズタイトルをジャックス・アコード駆る服部尚貴が獲得。アコードは“最強のツーリングカー”とも称された。

 翌97年シーズンは4台体制で2年連続の王座獲得を目指したホンダ。同年からの車両規則への対応のため、開幕ラウンドのTI英田には特認車両として96年仕様で参戦し、2レースとも勝利。第2ラウンドとなったSUGOには、車両規則に合致するとともにエンジンにも手を入れた『アコード2.5X』を持ち込んだ。

 ただ、この2.5Xはあくまで暫定的な仕様という位置づけ。その後、第4ラウンドの鈴鹿からは“本命”の『3X』が登場することとなった。エアロパーツの外観が大きく変化したほか、ロールケージ構成もシミュレーション試算に基づき再度見直し、ラジエターやサイレンサーの小型化も進んだ。

 ただ、設計上の理想を追求した3Xではあったが、テストや予選では速いものの、実戦ではライバル勢の向上もあり連戦連勝とは行かず。98年の『4X』に向けての課題も見え始めていたが、シーズン半ばの9月にホンダは97年いっぱいでのJTCC活動休止を発表。全日本GT選手権(JGTC)に活動の中心を移すこととなった。

 そんな中で、アコードは苦しみながらも中子のドライブするカストロール・無限・アコードの活躍によってドライバーズ/チームの両タイトルを獲得。当初の目標を見事達成した。

 最終戦のインターTECに“助っ人”として参戦した96年王者の服部も「FFだってことを気にしないで普通に走れ、コースレコードを連発できる。とにかくすごく速いクルマ」と評したアコード3X。その詳細や、カストロール・無限・アコードの威容は、Honda Racing Gallery(http://www.honda.co.jp/Racing/gallery/1997/01/)でチェックしよう。

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