1991年のル・マン24時間耐久レースで、日本車として初めてマツダ787Bが優勝を飾ったときの監督を務めていた大橋孝至さんが3月9日死去した。67歳だった。

 大橋さんは、かつて20代の頃はドライバーとして自らレースに参戦、マツダオート東京でマツダスピードの礎となるモータースポーツ相談室の開設に携わった。その後マツダスピードでは取締役も務める一方、監督としてチームを率い、1991年ル・マン24時間では優勝した55号車の指揮を執った。

 その後、2003年からは全日本GT選手権(現スーパーGT)でトヨタ・チーム・サードの監督に就任するなど精力的にモータースポーツに携わっていた。日本のモータースポーツシーンを盛り上げた大橋さんの死に心から哀悼の意を表したい。

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